ジョッコ・ピアノ(Giuoco Piano)
こんばんは,今日は『ジョッコ・ピアノ』についてです.
『ジオッコ・ピアノ』の方が日本語としては一般的な表記でしょうか?しかし向こうの発音はどうもジョッコ・ピアノの方が近い気がするので,私は師や海外の友人たちのようにジョッコ・ピアノを使おうと思います(でもルークは『ルック』のが発音近いのに『ルーク』って言っちゃうんですよね……ご都合主義です!).罪滅ぼしに,今回からタイトルに英語表記を(もとはイタリア語ですが……)付けることにしたのでご寛恕くださいな.
ジョッコ・ピアノは先日紹介しましたこのイタリアン・ゲームから流れを継いだラインです.白番3. Bc4の狙いとしてはいろいろありますが,アキレス腱であるf7のマスを狙ったというのが大きい,という話をさせてもらいました.
ではここで黒番はどのような手を返すべきか,と考えた時に,ひとつ浮かぶのが同じく黒マスビショップを活用して,相手のウィークポイントを狙いながら,自分もキャスリングを目指したいという三位一体のこの手ですね.
3. Bc4に3. ... Bc5と出て,黒が戦型をジョッコ・ピアノに指定しました.Giuocoはplay,すなわち『遊戯』などに相当するイタリア語で,Giuoco Pianoで『静かなゲーム』というくらいの意味になるわけです.静かな,というのは過激ではない,という程度でしょうか.
3. ... Bc5は次にキャスリングを見せている白に対して,このように狙いをつける手でもあります.イタリアンとルイ・ロペスではビショップの位置が変わるという話をこの前しましたが,cファイルにビショップを使う理由はショート・キャスリングでキングが登壇する位置を予め射程に収めておく,というメリットがあるからなんですね.『ピンされたピースの防御力は架空のものである』という金言が我々の世界にはありますが,こうされてしまうと白はこのままではfポーンを突けなくなります.
対する白4手目としてb4,d3,依然と強気の0-0,そして少し捻ってNc3,d4など浮かぶのですが,今日紹介するのは4. c3と構えるメイン・ラインです.いずれの6分岐も最近でも見る形ですが,a3という形は一昨年くらいを最後に見なくなった感じがありますね.Nxe5やNg5は10年以上前の形でしょうか.
他の分岐ではまたラインの名前が変わります.たとえば,淀川は瀬田川→宇治川→淀川と名を替えますが,チェスのオープニング・ラインもまた手によって名前を替え様々な分岐に入って行くのです.いわばジョッコ・ピアノという本流の名がついたままで流れていくラインがこの4. c3ということですね.黒がBc5として来た後の手としてはこのムーブの採用率が最多です.
c3を突く狙いは何でしょうか.それは序盤で狙っていくべきセオリーに答えを見出すことが出来ます.そうです,次にd4と突いて相手のセンター・コントロールを壊しながら自分に優位を築こうということです.
これで相手のe5という拠点を壊す狙いです.d4にはc3, Qd1, Nf3の利きがありますからね.
では戻ってFig.3ですが,ここで黒はどのようなことを考えるべきでしょうか.
白の狙いがe5の破壊,ということがわかっているので,ここに守りを足すことでセンター支配の足掛かりを死守する,というのは自然ですね.つまり,
① e5の地点に守りを足す
ということです.①ということには②があるのでしょうが,他にはどんな策が取れるでしょうか.
剣道には『肉を斬らせ骨を断つ』という言葉があり,ファイナルファンタジーなどのアビリティで『肉斬骨断』という字面を見たことがある方もいるでしょう.自分もダメージを受けるものの,相手にそれ以上にダメージを与えることが出来るならばそれもまた有利には違いない,という考えは兵法においても重要な思考プロセスですよね.自分がダメージを受けかねない局面で,常にこういった視点から盤面を見ることができれば,レーティングの向上も間違いなし,というものです.
この局面で言うと,相手,すなわち白陣の弱点はどこでしょう.弱点を探すコツは,相手の他のピースとの連携がうまく取れていないところを突こう,という虎の目です.すると,どうでしょう.
そうです.e4のポーンには紐が付いていないんです.ここを逆に突いてやる,というのも黒の戦略としてひとつ,どうでしょう.
② 白のe4を逆に攻める
という選択肢も浮上してきましたね.
こうして考えると,①として4. ... d6, Qe7など,②としてNf6など,次の手がどんどん浮かんでくるのではないでしょうか.こうした考え方の一端をお見せすることで,序・中盤のどう指し回したらよいのかわからない,という局面での手の選択の一助になればと思います.
①で4手目d6に変わってf6と突いてもe5に紐を付けることには変わりないのでは,と思った方もいらっしゃいますか?いい着眼ですが,白の3. Bc4がどのような理由でここに出て来たのか,或いは自分がどのように考えてBc5と出たのかを思い返してみて下さい.そうです,f7はウィークポイントでした.ここでf6と突いてしまうと,白がBc4として狙っている限りキャスリングが出来なくなってしまいます.
実際にFig.3の局面で黒の選択としては現状Nf6が最多,続いてd6ですが,10対1くらいで今日ではNf6が採用されています.最近,といっても去年までは見ていたものの今年に入ってから目にしていない,という意味ですが,Qe7も歴史ある根強いバリエーションではあると思います.
ちなみにこうした最新の動向がいっさい考慮されていない日本語版のwikipediaを一読してみたところ,4. c3 Qe7 5. d4 Bb6 6. d5 Nd8 7. a4 a6 8. d6 Qxd6 9. Qxd6 cd 10. Bd5!というものが『主な変化』として紹介されていました……何がとは言いませんし私も知識としてはありましたが,とんでもないラインです.これだけ知っていてもおよそジョッコ・ピアノは指し熟せないでしょう……
しかし,4. ... Qe7からの分岐を考えるのはこの戦型の理解に役に立つとは思うので,まずこれを示そうかと思います.ここで遅ればせながら目次を置いておきますね.
さきほど示した①,②で整理すると,こうなります.
① e5の地点に守りを足す:4. ... Qe7/d6
② 白のe4を逆に攻める:4. ... Nf6
では,それぞれを見ていきましょう.
黒4手目Qe7から
黒4手目4. ... Qe7と出るのが,ジョッコ・ピアノのクローズ・バリエーションと呼ばれている形です.この形はトランスポーズして同一の局面に落ち着くことが多いので、今般で恐らくもっともスタンダードな形をまず説明してしまいましょう.
白は満を持して5. d4と突き出していきましょう.これはBc5をBb6と引いてもらうことで黒の白マスビショップのフィアンケットの手を予め潰しておくなど狙いを含んだ手なのですが,黒としても先に取ってポーンを交換する手と,取らずに引く手があります.まあ、取らない手の方が多いですが,まずは取る方から.
5. d4 ed 6. cd Bb6とポーン・エクスチェンジをかましてからビショップを引くのがラ・ブルドネ・バリエーションと呼ばれる形です.ラ・ブルドネ・バリエーションはフレンチの1. e4 e6 2.f4というオープニングにも同名がついています.白は第4ランクのセンター支配をものにしているのに対し,黒はクイーンの前がセミ・オープンファイルであり0-0の他に0-0-0も視野に入れて,という感じでしょうか.
次に取らない形です.
5. d4 Bb6と素直に引くのがセンター・ホールディング・バリエーションです.こちらの方が多いですね.先ほどのwikiのラインはこちらの方でしたが,6. d5よりは0-0を優先に考えていきたいところ,他に考えるとしたら6. Bg5という面白い手があります.
Qe7とeポーンを支えるために出してきたクイーンを咎めるべく,当てて黒マスビショップを飛び出すこの手でメステル・バリエーションという形になります.相手の指し手を負担にしようとする,後の先を取ろうというタクティクスが良く反映された手の流れだと思います.私は好きですが,あまり見ませんね.ここから6. ... Nf6とクイーンを守りながら黒もキャスリングを用意して来て,一興といったところです.
トランスポーズして同一局面に落ち着くことが多い,と述べましたが,最近Qe7型のテンプレートとしては,5. 0-0 d6と互いに一手入れ合ってから6. d4 Bb6とします.
ここで7. h3/a4でいよいよ分岐,という感じですね.
黒4手目d6から
4. ... Qe7よりは4. ... d6の方が最近は見ますね.というよりクローズを見ないんですよね,寂しい限りですが,考えてみたら自分が黒を持ってもやらないですね.
この形の特徴は,5. d4とやはり突いてくる白に対して,5. ... Bb6と引く手もありますが強気に5. ... edと切り返していくのが主流,というところにあります.
6. cdと取り返した瞬間に,黒としては6. ... Bb6と引く手の他に6. Bb4+と先にチェックを掛けに行く選択肢が生まれています.
7. Nc3/Bd2の応じ方で分れます.7. Nc3 なら7. ... Nf6 8. d5と進みますか.8. 0-0は古い形です.7. Bd2とぶつけると7. ... Bxd2 8. Nbxd2と血を見るのは避けられない感じになりますね.
黒4手目Nf6から
最近はこのカウンター・アタックの形が圧倒的に多いですね.白の5手目で二分されますが,5. d4/d3が同率といったところでしょうか.他には5. b4,0-0,Qe2なんて手もありますか.若干多い5. d4から見ましょう.
5. d4なら5. ... ed 6. cd Bb4+と先ほどの4. ... d6で見たのと似た局面になります.
目には目を,と7. Bd2は先ず考えていきたいですね.これには7. ... Bxd2+と切って来るか,7. ... Nxe4としてきて8. Bxb4か,いずれにせよビショップをひとつずつ盤から取り去ることになるでしょう.面白い手があるので,7. ... Bxd2+から少し追ってみたいです.
ここでNf6を跳ねておいたのを活かし、黒から8. ... Nxe4!と飛び込む手があるんですね.
タダ取りされる手に見えますよね.もちろん白は9. Nxe4と取り返しに行くので黒は瞬間的にナイト損になるのですが,続く9. ... d5!までがセットの良い手です.将棋には『三手一組』なんて言い回しがありますが,覚えておいて損のないセンターコントロールの駆け引きの定跡です.
クイーンズ・ポーンでビショップとナイトにフォークが掛かりました.さらに,黒は女王のましますdファイルをセミ・オープンにすることに成功します.
代えて7. Nc3は素直な手ですが,ビショップとナイトの交換になったのがどう響いてくるか,その組み立てが白としては焦点となります.同様にナイトでビショップのダイアゴナルを切る少し捻った手に7. Nbd2もあります.互いに同じピースのエクスチェンジを重ね戦線を縮小させていくのは,この戦型を得意としたグレコという選手が活躍したいの,序盤で短手数に相手を討ち取らんとする過激なゲームに比べると『静か』と呼ばれる所以が分かる気がします.
5. d4にBb6と引く手も当然ながら考えられる手ですが、今年に入ってからは採用されているのが記憶にないです.
代えて5. d3を見ましょう.
4. Nf6は攻防の仕掛けの権利が入れ替わり得る,剣道でいうところの返し胴のような感じですね.白のeポーンが浮いているのに眼を付けたカウンターアタックの手でした.
なので当然,黒が狙ってきたe4に5. d3と紐を付ける手があるじゃないですか.それがこの分岐になります.c3~d4と突きたかった白ですので妥協の感はありますが,なかなかどうしてこれが一番安定していて,現在最も多用されているラインです.c3はd4を用意する手であったと共に,これひとつで黒のNc6, Bc5の捌きを抑制しています.なので,黒につけ込む隙を与えず局面を収められればいいんですね.
応じる黒としては5. ... d6が最多続いてa6,0-0までくらいが本線ですね.h6やd5,a5,Qe7くらいは今年も見るので,プレイヤーによって把握が別れているようです.5. ... d6のラインなら6. 0-0/Bb3だが,いずれでも6. ... a6/0-0と返して一局,です.
では,ジョッコ・ピアノはこの辺りでいったん締めたいと思います.次は何にしようか,エヴァンスを書こうかという頭もあるのですが,未定です.
【終】