About Life, or Chess.

チェスについて、綴っていきたいと思います。

シシリアン・ディフェンス①(シシリアン・ナイドルフ)

 

 今年もよろしくお願い申し上げます.

 今日から数回かけてシシリアン・ディフェンス,そのうちのひとつであるナイドルフ・ヴァリエーションについて説明して行こうと思います.

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Figure.1 Sicilian Defence : 1. e4 c5

 前回のジョッコ・ピアノの記事の最後で『次はエヴァンス~』とか書いたと思うのですが,失念していたわけじゃないんです.これを書こうと思い立った日の私のお昼ご飯を察してくださればと思います.福岡より車を飛ばし1時間ほど,学友の家に遊びに行き,佐賀市は城内のとある喫茶店で頂いたシシリアン・ライスは絶品でした.この調子ですと,エヴァンス・ギャンビットに取り掛かる前に長崎の友人の処に遊びに行きましたら先にターキー・アタックか何かの記事がアップロードされる羽目になりそうですね.

 シシリアン・ライス,もといシシリアン・ディフェンスですが,このラインはとても特徴的で,この勉強をなくして1. e4はこんにち指し得ないと言っても過言ではないでしょう.1. ... e5と返してくる形を前回、前々回と続けて見て参りましたが,これは黒の初手1. ... c5から始まるオープニングです.このムーブの狙いはなんでしょう.e5と比較してみましょうか.

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Fig.1.1 1. ... e5と1. ... c5の比較

 並べてみると面白いことに気が付くでしょう……あ,当たり前ですか……私は改めて並べてみて面白いと思ったのですが……まあ気を取り直しまして,そうなんです.e5もc5もどちらもd4の地点に利きを作ることでセンター支配の布石となし,中央での戦いに備える手なんですね.白番を相手にとられた以上,初手1. e4を防ぐ術は黒にはありませんが,続く2. d4を防いで白ばかりが中央にピースを展開することは防げる,というわけです.d4の地点をコントロールしたいが,e5と突いて相手のオープン・ゲームの研究に乗りたくない……そういう心が指させる手だと言うこともできるでしょう.かといって決して消極的なわけではありません.1. e4 e5のように対称形を崩さなければ黒は拮抗した戦況に喰いついていくことができる,とは前回や前々回お話した通りですが,対称形なんて狙わない,私は"勝ち"を捥ぎ取りに行くんだッ……というかなり強気なオープニングだと見ることもできます.

 違いとしては,cポーンを突いただけではBf8が動けないので,序盤はビショップを如何に使っていくか,そしてその結果として後回しになるキャスリングをどのタイミングで狙っていくかがまず気にしなくてはならないポイントとなりますね.

 今回はシシリアン・ディフェンスを白の2手目によって,

① オープン・シシリアンと亜型

② シシリアン・クローズド

③ その他のヴァリエーション

 と3つに分けて説明して行く中の1回目です.さて何回かかることやら……①だけで5回くらいかかりそうな気がしています……

 

①オープン・シシリアンと亜型

 オープン・シシリアンとは,白が2. Nf3~3. d4を狙っていく形の総称で,この形の黒の2手目としてはNc6, e6, d6などがあります.今すこし天下り的な書き方をしてしまいましたね.白は2. Nf3とした後,黒がこれら3つの選択肢から応じて来るようであれば3. d4と突いてオープン・シシリアンにする,というのが実際のゲームの流れになります.

 まずは2. ... d6 3. d4を見ていきましょう.

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Fig.2.1 Open Sicilian : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4

 2. Nf3~3. d4で白は黒のd4へのコントロールを最速で崩そうとします.この流れの総称がいわばオープン・シシリアンなんですね.黒と違って白はオープン・ゲームと比べても変わったことをしている訳ではないので,自然な手の流れで右側を開けてキャスリングも目指したいところです.Openと呼ばれる所以は次の黒の手にあるでしょう.

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Fig.2.1.1 : Fig.2.1~3. ... cd

 黒は3. ... cdとこれを良しとせず取り込む手がまずありますね.こうして白からポーンのエクスチェンジを仕掛けていくので,確かに『開かれた』印象があるゲームとなります.取らずに3. ... Nf6と跳んでe4を狙う手もあるでしょうが,私は堂々取り込む方が好きですね.理由としては,白が手順にキングサイドのピースを展開し手早くキャスリングを視野に入れながらキングサイドからの攻撃権を主張しようとしているので,黒としては自分のcポーンと相手のdポーンとを交換しながらcファイルを『オープン』にし,クイーンサイドからのカウンターを狙っていく体勢を作っておきたいからです.

 というわけで3. ... cdですが,当然すかさず4. Nxd4が飛んできます.これをモダン・ヴァリエーションと呼ぶようです.

 ここで黒からは4. ... Nf6と出ましょう.理由は先述の通り,e4狙いです.現状では白はこのeポーンが狙われたからといって狙いを外すべくe5と突き辛いので,意義あるスレットです."threat"は『脅し』,程度の意味で,『メイトスレット』などチェスではよく聞くテクニカルタームですね.白は5. f3とfポーンでe4のポーンを応援する手も一考ですが,同じくe4の地点に利きを足すムーブである5. Nc3が圧倒的に多いですね.

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Fig.2.1.2 : Fig.2.1.1~4. Nxd4 Nf6 5. Nc3

  オープン・シシリアンの基本形ともいえる展開です.ここから黒の5手目の選択によって分岐を迎えます.

 

ナイドルフ・ヴァリエーション(5. ... a6)

 5. ... a6とaポーンを突くのが,ミゲル・ナイドルフの名を冠するナイドルフ・ヴァリエーションです.今回はこれをメインに見ていきます.

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Fig.3 Najdorf Variation : Fig.2.1.2~5. ... a6

 カスパロフやフィッシャーといった希代のプレイヤーたちも好んで使ったこの形は,チェスの『キャデラック』などとも呼ばれているようですね.GM(Grand Master)が生み出し象徴的な意義を付与されるほどに研究され親しまれているチェスの『キャデラック』を,同じくGMと略されるGeneral Motors肝煎りの高級車に準えた……というのは深読みでしょうか.

 a6と突きだす手の意図ですが,まず直接的にはb5の地点に利かせることで白のNb5やBb5を予め潰しておくと共に,将来的には自分でb5~Bb7とフィアンケットを組むような手を用意しているんですね.

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c.f. 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5 a6

 参考図ですが,1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5まででルイ・ロペスと呼ばれるオープニングです.似ていますよね,そうです.3. Bb5に変えてBc4ならばこれはイタリアン・ゲームと呼ぶのでした.

 手順にキングサイドのナイトとビショップを展開しながら手早くキャスリングの権利を得る,この一連の手順は最も効率的と呼ばれているという話をしましたが,ビショップの位置の違うこのルイ・ロペスは黒のNc6を透視して直接にキングを睨んだ位置取りです.このように,キングサイドのビショップをb5に展開するこの手は序盤でなかなか価値の高い手なんですね.この手にすかさずa6と突いてBa4かBxc6かを迫らせるという手がルイ・ロペスのヴァリエーションにもありますが,予めこのa6を突いておけばここにビショップが陣を張るのを防げる,というわけです.

 もうひとつ参考図を行きましょう.

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c.f. fianchetto

 さらりと『フィアンケット』と言いましたが,これはビショップの位置取りのことですね.左上や右下のように,ナイトの上にスペースを作ってそこにビショップを配置することで,これを狙ってピースを動かすことを『フィアンケットを組む』というように
言ったりします.なぜこの動作に特別な名前が与えられているかというと,斜めに利くピースであるビショップが最大限に働く位置取りは,といえば,このようにチェスボードの対角線に設置してやることだからです.

 細かく分けるならばナイトの前のポーンを1マス突いて組んだ右下のようなフィアンケットはレギュラー・フィアンケット,2マス突いて組んだ左上のものはロング・フィアンケットと呼びます.左下のように端まで持っていくのは通常のフィアンケットの次に利きの多い位置取りでやはり効果的であり,これをエクステンデッド・フィアンケットと呼ぶこともあります.この辺,将棋でいうところの雁木の三手角や矢倉の四手角のような感じだと思うのですが,如何でしょうか……(小声)

 そして,5. ... a6の深遠な意図は他にあって,それはe5を突く準備だということです.

 では,a6を挟まずにe5を突くとどうなるかを見てみましょう.

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c.f. 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cd 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 e5

 センターにポーンを繰り出しながら両方のビショップを使いやすくして黒は万歳,さらにe5は白のナイトに当たっていて万々歳かと思われますが,ここでもうお分かりの通り,白から6. Bb5+という切り返しがあるんです.

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前図~6. Bb5+!

 防ぐ手は6. ... Nbd7か6. ... Bd7ですが,前者ならば7. Nf5,後者なら7. Bxd7+ Nxbd7の交換を挟んで8. Nf5とやはりcファイルのビショップの利きがなくなった瞬間に白のナイトが絶好の位置に出張ってきます.6. ... Bd7 7. Bxd7+ Qxd7にはおとなしく8. Ne2と手を戻すくらいで,ビショップの働きの差を主張して白が有利でしょう.

 

 話を戻して,ナイドルフ・ヴァリエーションの続きを見ていきましょう.

 5. ... a6と突いて黒は,Bb5+と白がチェックを掛けながら白マスビショップを展開してくる狙いやナイトをbファイルに使ってくるを防ぎながらロング・フィアンケットを企んでいます.フィッシャーには手待ちと称された手ですが,後の先を狙う発想に舌を巻くばかりです.

 白6手目には様々な候補があります.

a. メイン・ライン(6. Bg5)

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Fig.3.1.1 Sicilian, Main Line : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cd 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. Bg5

 6. Bg5でメイン・ラインと呼ばれる分岐に入るのですが,これは最も攻撃的な変化といっても過言ではないでしょう.e5を突こうとする黒に対し,それを突いた瞬間にf6のナイトがピンされてしまうような位置にビショップを張るというこの発想,これぞチェス……!!という感じがして私は好きです.

 ここで黒は6. ... e6とするのがクラシカル・メイン・ラインですね.

 余談的でかつ天下りにはなりますが,6. ... e6とe5ではなく敢えてe6にポーンを出し,d-eでポーン・ファランクスを組むのは1923年オランダはスヘフェニンゲンで開かれたチェスの大会で出現し,そのままスヘフェニンゲン・ヴァリエーションとして名を残すことになったゲーム(もっとも,これは5. ... d6 6. Be2 e6と進みます)の流れを汲んでいるのではないかと思います(では時間軸に沿ってそこからお見せできればよかったのですが,ナイドルフから説明したほうがきょうびでは採用率をとってもこのラインの研究の深さをとっても,とっても説明しやすいのです……).

 Geza Maroczy vs Max Euwe (1923)

 ポーンは将棋の歩と異なり,斜め前に利きを持つので,ポーンを二つ,あるいは三つと横並びにすることは一つ前のランクに隙の無い支配を与えます.この好形は古代メソポタミアの会戦陣形に端を発するファランクスにちなんでポーン・ファランクスと呼ばれているのですね.ちなみにphalanxの語源は指の骨だそうで,もともとは密集陣形で突き出した槍を指に見立てたものなのでしょうが,こうしてチェス・ピースを動かすのも私たちの指の骨であることを考えると,不思議な符合に感慨が湧いてくるというものです……

 ちなみにポーンは斜めに繋げれば,取られて取ってを用意するというのでこれもまた好形とされています.これは鎖の連想からそのままポーン・チェインと呼ばれますね.

 では,6. ... e6に変えて6. ... e5でチェインを作るのはどうなのでしょう.後述するイングリッシュ・アタックに対しては前者のほうが分があると思いますが,それ以外ならば全然面白いと思います.何かを比較するということと一長一短を考えるのはつきもの,この辺りはまた別に書けたらいいなと思います.

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Fig.3.1.2 : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cxd4 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. Bg5 e6 7. f4

 白の7手目はもっぱら7. f4としてe5のマスを睨む手が主流です.0-0-0を用意しながら女王を繰り出す7. Qf3は歴史的な手ですが,7. ... h6とビショップの居場所を問われるのが瑕疵になる,という複雑な形勢ですね.では7. f47. ... h6は入らないのか,というと,これも難しいところがありますが,マスター同士だとどうも白のが勝ちやすいらしく,相掛かりで△2六飛よりも△2八飛の方が実際に勝率が高い,というようなのと似た感じがあります……(か?)

 ここからまた幾つかの小川が流れていきます.

 ・7. ... Be7から

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Fig. 3.1.2.1.1 : Fig.3.1.2~7. ... Be7 8. Qf3

 7. ... Be7で,なんやかんやあって黒が先にキャスリングを用意しました.f8にいたビショップの行き場所はここしかないので極めて自然なムーブですが,Bg5に睨まれている女王の肉壁を作るという役目もこの僧侶は担っています.ジェントルマンですね.ジェントルマン・ビショップです.クイーンがホイットニー・ヒューストンならさしずめケビン・コスナーってところです.このラインを指すときにはみなさんの脳内でエンダー↑↑って流れてしまう呪いをかけておきました.
 話を戻しまして,負けじと白も効率よくキャスリングを目指していきたいところです.ここで,先にfポーンを突きだしておいてからの8. Qf3というわけですね.

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Fig.3.1.2.1.2 Sicilian Najdorf, the Old Main Line : Fig3.1.2.1.1~8. ... Qc7 9. 0-0-0 Nbd7

 ここから8. ... Qc7 9. 0-0-0 Nbd7と進むとオールド・メインと呼ばれるラインになります.この先の進行としては,

 (1) 10. g4 b5 11. Bxf6 Nxf6 12. g5 Nd7 13. f5 Nc5

 (2) 10. Bd3 b5 11. Rhe1 Bb7 12. Qg3 b4 13. Nd5 exd5

など考えられるでしょうか.他にも手順中にトランスポーズして後述の7. ... Nbd7型や7. ... Qc7型に合流する微細な変化は幾らでもありそうです.

 

 変えて8手目黒から,8. ... h6としてビショップを引かせ,これを9. Bh4 g5とさらに小突き回していく変化があります.

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Fig.3.1.2.2 Göteborg(Argentine) Variation : Fig.3.1.2.1.1~8. ... h6 9. Bh4 g5

 1955年,ヨーテボリで開催された大会でアルゼンチンの選手が指したから,ということで,ヨーテボリ・ヴァリエーションアルゼンチン・ヴァリエーションと呼ぶみたいです.ルイ・ロペスのカロ・ヴァリエーションと似た雰囲気がありますね.もっともこちらではビショップを引かずに10. fgを誘っているのですけれど.そこから10. ... Nfd7とfナイトを使ってe5のマスに狙いをつけていきます.

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c.f. Ruy Lopez, Caro Variation : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5 a6 4. Ba4 b5

 ヨーテボリ9. ... g5とせず9. ... Qc7/Nbd7と駒を運んでいく進行もあります.また9. ... Nc6というのは面白いですが,黒でシシリアンを仕掛けている手前としては非常に難しいことを自分に課するのだなあという印象があります.

 

 ・7. ... Qb6から

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Fig.3.1.2.2.1  : Fig.3.1.2~7. ... Qb6

 7. ... Qb6は先んじてBg5の睨みからクイーンを逃がしつつ,そのクイーンでb2のマスを狙う一石二鳥のムーブです.

 8. Nb3と狙われたbポーンを守る手もありますが,敢えてこれを黙認する8. Qd2は面白いですね.これには当然8. ... Qxb2と走ります.

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Fig.3.1.2.2.2 Poisoned pawn variation : Fig.3.1.2.2.1~8. Qd2 Qxb2

 これはポイズンド・ポーン・ヴァリエーションと呼ばれている非常に有名な形ですね.白が敢えて取らせたbポーンこそ『毒された』ポーンというわけで,ここから9. Rb1とすれば9. ... Qa3は必須の進行です.

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Fig.3.1.2.2.3 : Fig.3.1.2.2.1~9. Rb1 Qa3

 この時点で,白は10. f5/g5と鋭く黒に切りかかって行くことができます.また,bポーンを取り込ませそのセミ・オープンとなったbファイルにルークを動かしたことで,メジャーピースが使いやすい配置になりました.ポイズンド・ポーンはフィッシャーとスパスキーの名局があるので,いずれ一緒に見たいと思っております.

 8. Nb3はロング・キャスリングを残して大人しい進行を目指しますが,8. a3と極めて挑戦的な選択肢もあるんじゃないかと思います.

 

 ・7. ... b5

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Fig.3.1.2.3.1 Polugaevsky variation : Fig.3.1.2~7. ... b5

 これは私のとても好きなラインで,ソ連選手権を3度制した偉大な選手であるレフ・ポルガエフスキーの名を冠しポルガエフスキー・ヴァリエーションと呼ばれます.

 あらためてこうして並べてみると,度肝を抜くような選択肢ですね.白のスレットを何もかも無視し,黒はクイーンサイドを伸ばすことに専念する,という超然主義の宣言です.

 対する手としては,2019年現在ならまず8. e5です.寧ろそれ以外見ません.ここから8. ... de 9. fe Qc7は既定路線です.

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Fig.3.1.2.3.2 : Fig.3.1.2.3.1~8. e5 de 9. fe Qc7

 9. ... Qc710 . efとナイトを取りこんで来る手に,10 ... Qe5+とBg5を素抜くのを用意したものです.これでナイトとビショップの痛み分け,ということです.11. Be2/Qe2なら11. ... Qxg5としていきましょう.やっぱり11. Be2が今日はファーストチョイスだと思います.

 

 ・7. ... Nbd7

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Fig.3.1.2.4.1 : Fig.3.1.2~7. ... Nbd7

 レフ・ガットマンとボリス・ゲルファンドが連採していた覚えがあります.ということは両人ともイスラエルの輩出した偉大な選手ですし,これをイスラエル・ヴァリエーションなどと呼んでもいいのでは?とも思うのですが,これも最初に使ったのはポルガエフスキーなんですね.彼は黒番でのシシリアン・クラシカル研究に貢献の大きい魁偉です.この手を最近に甦らせたとしてゲルファンド・システムと呼ぶ向きもあるようですが,数学の土壌で先人へのリスペクトを示すように,ポルガエフスキー・ゲルファンド・システムなんて呼んであげたい気持ちがします.

 

 ・7. ... Qc7

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Fig.3.1.2.5.1 : Fig.3.1.2~7. ... Qc7

 カスパロフの指した手ですね.ここからNbd7やb5を狙っていくので,ポルガエフスキーやゲルファンドの描く青写真にトランスポーズしていくのもままあるでしょう.

 

フェルヴェーテルデ・リスト(6. ... Nbd7)

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Fig.3.1.2.6.1 De Verbeterde List : 1.e4 c5 2.Nf3 d6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nf6 5.Nc3 a6 6. Bg5 Nbd7

  フェルヴェーテルデ・リストオランダ語で,『改善された戦略』というほどの名前ですね.強勢のある『ヴぇ』の長音の後は『る』を殆ど読まないとオランダ語っぽくなります.オランダ人プレイヤーたちがそう呼んだのが定着したようですが,肝は6. ... e6とeポーンを突く手を保留することで,後々にe7-e5のようなセンターへの躍進の余地を残したことです.

 ひとつには7. f4 Qc7 8. Qf3の進行があります.

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Fig.3.1.2.6.2 : Fig.3.1.2.6.1~7. f4 Qc7 8. Qf3

 8. ... h6 9. Bh4 e5というパズルのような一連の手順を見つけ出したのもオランダのプレイヤーだったと思います.Qc7が良く効いていて,ここで先手が取れるんですね.しかしこの9手目e5に代えてg5とさらにテンポを得る指しまわしの方が良いことが後にわかりました.8. ... h6 9. Bh4 g5 10. fg hg 11. Bxg5 Qc5と出て,12. Qe3にはNg4を用意しています.

 もうひとつは穏やかですが耽々とした8. ... b5~Bb7ですね.これはネオ・フェルヴェーテルデ・リストと呼ばれます.これがイケるなら,8. ... h6 9. Bh4 b5と手を戻すのも面白いんじゃないかという気がしてきます.

 7. f47. ... g6とする手があります.ロシア人GMのアレクサンドル・グリシチュークの名を頂いてグリシチュークス・フェルヴェーテルデ・リストというこの形は,7. Qe2でも同様に7. ... g6とします.これはフェルヴェーテルデ・リストのeポーンを突かないという発想の正当な継承者で,eポーンを突く時間があるならばキングサイドでキャスリングを用意し,速攻でb5から手を作って行こうということですね.

 7. Bc4と良い位置にビショップを出ようという手には,ポイズンド・ポーンのように7. ... Qb6と出て揺さぶりに行きます.これは次にe6を突きたいパターンです.

 

 メイン・ラインはこの辺りで一度風呂敷を畳もうかと思います.

 

b. リプニツキ/フィッシャー・ゾーチン・アタック(6. Bc4)

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Fig.3.2.1 Lipnitzky / Fischer-Sozin Attack : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cd 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. Bc4

 これはわかりやすいですね.6. Bc4とビショップが出た位置はイタリアン・ゲームと同じところです.d5を突くのを見せて6. ... e6と出ますが,ここで7. 0-0はもちろんの選択肢,しかし代えて先んじて7. Bb3と引いておく手があるんですね.なので,6. ... e6に代えてここでいきなり6. ... b5と揺さぶってみて7. Bb3 Bb7と手順にフィアンケットを組むなど,色んな拡がりを包摂したラインです.あるいは6. ... g6Nbd7もありますか.これはeポーンを突くのを保留することで,e7-e5の2マス突進の余地を残すフェルヴェーテルデの哲学が垣間見えるようです.

 これは全くの余談ですが,リプニツキーは女性変化させるとリプニツカヤになりますね.姓も性変化するというのは面白いです.

 

c. イングリッシュ/バーン・アタック(6. Be3)

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Fig.3.3.1 English attack : 1. e4 c5 2. Nf3 f6 3. d4 cd 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. Be3

 Byrne attackの名もあるこのライン,d5のマスをコントロールするという狙いに基づいて,6. ... e5 7. Nb3 Be6という流れと,6. ... e6と素直にちょこんと出る手がまず考えられるでしょう.

 6. ... e6に7. g4とナイトの利きに出ていくのはハンガリアン・アタックと呼ばれます.7. ... e5 8. Nf5 g6 9. g5という刺し合いの順が生まれるんですね.この7. g4を指させない,という考えが次に生まれて,これには6. ... Nbd7(フェルヴェーテルデ・リストっぽいですね)と6. ... Ng4という手があります.

 

d. オポチェンスキー・ヴァリエーション(6. Be2)

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Fig.3.4.1 Opovcensky variation : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cxd4 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. Be2

 6. Be2は白から穏和に収めに行く手です.6. ... e5/e6/Nbd7が候補にあるでしょうか.

 

e. アムステルダム・ヴァリエーション(6. f3) 

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Fig.3.5.1 Amsterdam variation : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cxd4 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. f4 

 6. ... e6 7. Be26. ... e5 7. Nf3 Nbd7というのも手堅いですが,Qb6と出る手はクイーンをエクステンデッド・フィアンケットに載せることが出来,これが相手のキングサイド・キャスリングを阻む進出になることに目を向けたいですね.とするとこれはカウンター・アタックになるので,キングサイドの守りを固めるような手,例えば6. ... g6のような手があるのではと思います.6. ... Qc7ならeポーンに紐を付けながらキャスリングを用意する7. Bd3が良いんじゃないでしょうか.

 

f. アダムス・アタック(6. h3)

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Fig.3.6.1 Adams attack : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cxd4 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. h3

 この手は一見するとぼやけた印象を与えますが,黒が6. ... e5と突いてきたときに当たってくるナイトを7. Nde2と引いてきて,8. g4~9. Ng3と言う風に使っていくのを見たいわばエスパータイプの技なんです!g4を突くためのh3なんですね.というわけで黒としてはg4を突かせない為に6. ... h5としたいのですが,エンドゲームでのポーン争いに一抹の不安が残ります.まあ,白のサブウェポンとしてはなかなか優秀ですね.

  

g. ペトロニック・アタック(6. Rg1)

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Fig.3.7.1 Petronic attack : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cxd4 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. Rg1

 6. h3よりは柔軟性に欠けますが,これはこれで構想が興味深いラインです.要点はgファイルにルークを据え付けることで,g4-g5の攻撃力がいや増しているということですね.なので,6. ... e5 7. Nb3 Be6 8. g4 h6とhポーンを突いてくれれば9. Be3と用意してよし,そしてこちらが華々しい斬り合いになるのですが,8. g4に8. ... d5 9. ed Nxd5 10. Nxd5 Qxd5という進行があります.

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Fig.3.7.2 : Fig.3.7.1~6. ... e5 7. Nb3 Be6 8. g4 d5 9. ed Nxd5 10. Nxd5 Qxd5

 ここにて女王が向き合いましたね.ここから11. Be3 Nc6 12. Qxd5 Bxd5 13. O-O-O O-O-Oと進むと,これは非常に黒にやりやすい局面だと思います.ドロー上等,なんなら一発入るのでは,という感じですね.Rg1はよほどの研究がないと実戦投入が躊躇われる所以です.

 

  今まで紹介してきた以外にも, 白6手目で6. f3/g3/a3/a4/Bd3/Qf3/Qe2など様々あると思います.今回はナイドルフの変化を浚ってきたのですが,ひとつのヴァリエーションの表層をなぞるだけで1万字を超えるとは正直わたくしも思っておりませんでした…….シシリアン・ドラゴン,シュエフェニンゲン,クラシカルとまだまだ分岐があるので,シシリアン・ディフェンスは何回かに分けて書くことになると思いますが,またお付き合い下さると幸いです.

 

【終】