About Life, or Chess.

チェスについて、綴っていきたいと思います。

エヴァンス・ギャンビット①(Evans Gambit Declined)

 

 お久しぶりです。生きています。
 コロナ禍も少しずつですが、前よりは先行きを見て社会が歩き出しているのかと思います。
 

 本当はStay Homeのピークのときこそ、マインドスポーツの普及を……!と頑張って更新出来たらよかったのですが……。
 言い訳がましくなりますが、水無月の雨と共に排水溝へ流れていくことを願います。プライベートでは色々なことがあり、そのほとんどは悲しいことでした。一生分泣いたかもしれません。水無月とは私の涙腺が乾涸びることだったか、などと思いながら、何とか頭を使って何かをするというところまで来たので、書き記していこうと思います。

 

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Figure.1 Evans Gambit : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4 Bc5 4. b4

 エヴァンス・ギャンビットです.ようやっと、前々回のジョッコ・ピアノの記事の約束を果たせそうですね.決して,目薬を買ったらエヴァンゲリオンとのコラボ商品だったからとか,そういうアレじゃないんですからね!余談ですが,私はブルベのデコっぱちで茶髪も似合わなければ何より眼鏡が似合わないので,真希波のような女の子に憧れます.

 

 さてさて,お恥ずかしい話,時間が空き過ぎていて最早自分のブログですら興味深く読めてしまうというこの現象.ちょうどいい記事があったのでクオートしてきました.

 

 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4と進んだところはイタリアン・ゲームです.エヴァンス・ギャンビットはイタリアンのひとつの変化という位置づけになるわけですね.駒効率という点からいって,イタリアン・ゲームの勉強は最高のテキストです.学び初めの頃はイタリアンに悩まされ,少し上達してきたくらいでやはりイタリアンに悩まされ,結構長くやってきたつもりでもまだイタリアンに悩まされますが,なんとも奥が深いものですね.

 黒の3手目として3. ... Nf6(ツー・ナイツ・ディフェンス)や3. ... Be7(ハンガリアン・ディフェンス)も魅力的ですが,ここでは3. ... Bc5とキメてジョッコ・ピアノにします.

 ここで4. b4とギャンビットを仕掛けたところが,前掲の形でエヴァンス・ギャンビットというわけです.採用率は4. c3, 4. d3に劣りますが,調べたところ4. b4から始まるゲームは白勝率が47.5%に上るという統計もありました.セオリーがわかりやすいので,みんなもっと指したらいいのにと思います.

 

 エヴァンス・ギャンビットは人名のついたオープニングですね.ビル・エヴァンスと言うとジャズの名手を想起する方が多いでしょう.私も『ポートレイト・イン・ジャズ』はとても好きで,"Some Day My Prince Will Come"は死ぬほど聴きました.未だに春の訪れはないですが,それは余計なお世話なので置いておきます.ビル・エヴァンスはウィリアム・ジョン・エヴァンスと言いますが,エヴァンス・ギャンビットを創造したビル・エヴァンスはウィリアム・デイビーズエヴァンスです.

 エヴァンスは18世紀から19世紀にかけての船乗りです.1790年生,1872年没という,輝かしい時代のキャプテンの遺産に私たちは触れているわけです.

 1825年,エヴァンスはロンドンで1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4 Bc5 4. 0-0 d6 5. b4!というゲームを指しています.これは"Naval Intelligence"と呼ばれているゲームで,相手はアレクサンダー・マクドネル.1700年代の終焉に革命が起きたフランスがチェスを牽引していた時代で,ウェストミンスター・チェス・クラブの強豪であったマクドネルはシャルル・マエ・デ・ラ・ブルドネとの死闘でも知られるプレイヤーですが,エヴァンス・ギャンビットの産声に立ち会った人でもあったのですね.1829年には同じくエヴァンス対マクドネル1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4 Bc5 4. b4の形が記録されています.はい,現在のエヴァンス・ギャンビットです.戦績はというとこのどちらもキャプテンが白星を手中に収めており,広く深い64マスの海中に在っても確かな舵取りの能力を伺わせます.

 ウィリアム・デイビーズエヴァンス船長はベルギーのオーステンデの港に葬られたということです.阿西の係争地として歴史上重要な意義を持ち,今では風光明媚な歓楽地ですが,チェスをプレイする者としてはエヴァンス・ギャンビット所縁の地としても忘れずにいたいですね.話は逸れますが,数学者の知己はこの街をフィールズ賞受賞者のジャン・ブルガン生まれの地として記憶に留めていました.知的活動をインスパイアする風土があるのかもしれません.

 

 本筋に戻りましょう.4. b4はポーンを差し出す手,所謂ギャンビットですので,黒はこれを取るか取らないかの選択を迫られます.結論から言うとこのオープニングでは圧倒的に取る,即ちギャンビットをアクセプトする方が多いのですが,それゆえ後段に譲るとし,まずは取らないラインを少しだけつまみ食いしてみたいと思います.

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再掲Fig.1

 4. b4は黒のBc5を攻めた手ですので,黒はこの黒マスビショップの対処に追われています.ここで,なぜ黒は3. ... Bc5と出て来たのか,ということを考えると,これは白のfポーンを狙い,引いては白が0-0とキャスリングした際のキングを睨む絶好の位置に射線を張る手でした.

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Fig.1.1 example: 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4 Bc5 4. 0-0

 このa7からg1のダイアゴナルを無碍にするのは単純なムーブの損になりますから,引く手を考えると当然4. ... Bb6の一手になります.

 

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Fig.2.1 Evans Gambit Declined : Fig.1~ 4. ... Bb6

 エヴァンス・ギャンビット・ディクラインドとなりました.なぜこのムーブがアクセプトする4. ... Bxb4に比べて採用率が落ちるのかというと,ひとえにテンポを失うと考えられているからでしょう.斯くいう私もこの局面では,よほどの出来心がない限りは4. ... Bxb4とすると思います.『据え膳喰わぬは』ナントヤラと言いますが,白の主張だけが通って良い様にやられてしまった気になるじゃないですか(まあアクセプトしたところで誘い受けなんですけど……).

 ここで少しテンポ,というこれまた非常にわかりづらいチェスの哲学に言及しておきたいと思います.

 チェスを学び始めたとき,ポーンのトリッキーな動きにまず翻弄されるじゃないですか.オープニングの目標はセンター・コントロールで、これは中央を支配することです,とか言われても……ってなりますよね.なんとなく,斜めにポーンを繋げればいいのかなってわかり始めてきたら……なんやねん、アイツのポーン横並びやん(※ポーン・ファランクスは下記の『シシリアン』の中くらいのところで説明を加えたつもりです,よろしければ)ってなるわけです.

 今は電子書籍なんかもありますからね,本でも買ってちょっと勉強すっか!アイツに一泡吹かせたろ!ってなわけで活字媒体の力をいざ借りんと意気込み,オープニングの解説を盤駒並べながら見ていて行き詰まるわけですよ.『この手はテンポを失う手である』……

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他意はない

 まあ実際のところ,チェスのコンテクストで使われる『テンポ』はけっこう多義性を持っていて流動的に話者の意味したいところがちょっとずつズレたりもするのですが……簡単に言うと①手得,手損②手の流れのどちらかに似た意味だと思って私は使っています.

 手得,手損……これもまた後々の構想に繋がるか否かで損得が変わる水物なので,『手損≠損』という訳ではなかったりして難しいところなのですが(聞くところによると将棋には『一手損角換わり』という,手損織り込み済みの戦型があるらしいじゃないですか!),むちゃくちゃ噛み砕いてドロドロにして言えば,それ以外選択肢がないような手を強制されるのは『手損』で,逆に相手の選択肢を奪った局面に仕向けるようなムーブができればこれは『手得』というわけです.銃を突き付けて『両手を挙げろ!』っていうシーン,映画とかでありますよね.銃を持っている側は『手得』すなわち『テンポを得た』局面で,同時に銃を突きつけられている側は『手損』すなわち『テンポを失った』ところというわけです.このときは言われた通り両手を上げるしかないかもしれませんが,マーク・ハーモンなら多分隙をついて反撃するでしょう.この反撃が奏功するかもしれませんし,手損≠損,というのは先述の通りです.

 手の流れ,というのも面倒な概念ではありますが……言うなれば構想通りに進めることが出来ているか,というのはひとつ物差しとしてあるでしょう.たとえばルイ・ロペスの序盤ですが,1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5 Bc5 4. 0-0としたところはどうでしょう.

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example: Ruy Lopez, Classical defence

 センターにポーンを送り込む,ナイトとビショップを好位置に展開する,流れでキャスリングを済ませる……これはテンポが良いですよね.

 

 今回のエヴァンス・ギャンビット・ディクラインドでは,4. b4に対してこのポーンを取らないとなると引くところが4. ... Bb6しかないわけです.選択肢を奪われた局面になる,ということでテンポを失う,と見るわけですが,これには異論があります.

 このラインを提起したのはハイパーモダンの雄、アロン・ニムゾヴィッチです.彼が自著の中で指摘したのは,

4. b4自体が論理的に良い手ではないので,必然それへの応手である4. ... Bb6はテンポを失うような悪い手ではない」

 というものでした.

 b4と突く手が悪いという訳ではないと思うのですが(1. b4はオランウータンの名で知られていますが馬鹿にしているのではないと思います……たぶん),チェスの序盤はセンターの制海権巡りになりがちなので,互いにeポーンやdポーンを2マス進めたりしたいですし,相手にみすみすやられるのは嫌です.そんなわけでシシリアンでは1. e4 に1. ... c5とcポーンを突き出すという返しが成り立つのですが,bポーンを早々に2マス進めているとcポーンを2マス進めたときにチェーンが作れずやや不格好になるかもしれません.また黒マスビショップのエクステンデッド・フィアンケットの邪魔になりますし,早々に形を決めたという印象もあるでしょう.

 というわけでニムゾヴィッチが言うには,いちど4. b4と突いてしまったからには5. b5としておかないとb4の無理な形が後々祟るので,この手は必要に迫られた手だというわけです.

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Evans Gambit Declined ~ 5. b5

 これはc6のナイトに当たっているので,これを避けなければなりません.ここで5. ... Nd4と出て白のナイトにぶつけ,6. Nxe5とeポーンを抜かせた瞬間に6. ... Qg5!と出るのが味良い反撃だとニムゾヴィッチは指摘します.

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前図~5. ... Nd4 6. Nxe5 Qg5

 これがNe5とg2の両狙いなわけです.Qe5が実現するとNe2+/Nf3+~Qa1のような地雷もある白にとってやりづらい形になります.Ne5をクイーンの庇護がある位置に動かしながらgファイルを守る7. Ng4は良さみに見えますが,7. ... Nxc2+という強襲があります.チェックとルック狙いのフォークなので8. Qxc2の一手ですがクイーンの紐が外れるので8. ... Qxg4と黒は揚々と取りこんで来るでしょう.

 なので7. Bxf7+が候補に挙がってきます.

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6. ... Qg5 7. Bxf7+

 これはb4のill-pawnをb5に進めた成果を出そうという流れですか.実戦では7. ... Kf8/Ke7となりますが7. Kf8には8. 0-0と一手入れて自陣を引き締め,Qxe59. Bd5と引いてきた実践例がありますね.9. ... Ne2+ 10. Qxe2 Qxa1と先にルックを失うも11. Ba3+とエクステンデッド・フィアンケットに構えたところでは続くQf3のスレットが大きすぎて勝勢です.

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11. Ba3+まで

 7. ... Ke7にはどうするんでしょう.手を戻して今度こそ8. Ng4でしょうか.これも一例あって,獅子身中の虫を切除する8. ... Kxf7には9. d3と突いてビショップで女王を狙撃します.これを避けながら9. ... Qxb5とbポーンを取りこんで来る手には10. Nc3が女王をテンポよくストーキングする手になりました.

 

 ここまで5. b5を見てきましたが,現今ではこうなれば5. a4となるでしょう.

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Evans Gambit Declined ~ 5. a4

 ここで5. ... Nxb4は面白いと思いますが,本筋は5. ... a6です.以下6. 0-0 Nf6 7. d3 0-0 8.c3 の流れは結構難しいところがありますね.ひとつ確実に言えることがあるとすれば,ニムゾヴィッチが指摘したようにb4を病んだポーンだとは捉えず,これを構築の礎に使って行こうという思想があります.c3を突くのでクイーンサイドのナイトを白はNbd2と使っていくことになります.

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前図~5. ... a6 6. 0-0 Nf3 7. d3 0-0 8. c3

 5. ... a5はやや古い手です.白からa5と突き出す手を潰していますが,6. b5と引っ掛けられます.6. ... Nd4 7. Nxd4 Bxd4 8. c3 Bb6は残尿感に堪えかねて再びトイレに行くような感じで,テンポが悪いどころの話ではないですが,ここで注目したいのは8. c3ですね.d4が激戦区になるからこそ,c3はessentialな手になるわけですが,これが結果的にb4と繋がってしまうのが面白いですよね.

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Evans Gambit Declined ~ 4. b4 Bb6 5. a4 a5 6. b5 Nd4 7. Nxd4 Bxd4 8. c3 Bb6

 ところで,4. b4とギャンビットを白が仕掛けた瞬間に4. ... d5とカウンターを仕掛けるのはどうなのでしょう?

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Evans Counter Gambit/Hein Countergambit: 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4 Bc5 4. b4 d5

 今はまったくと言っていいほど見ませんね,この形.エヴァンス・カウンター・ギャンビットとそのままの名前をしておりまして,思い出したように時々人の口の端に上るのですが,正直見たことないです.チェス界のステラーカイギュウのようなものかもしれませんね.

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『わけあって絶滅しました。』/ダイアモンド社

 選択肢としては5. bc/ed/Bxd5Bb5なんていうのもありますか?

 5. bcはもうコンビニに行って朝食を買おうとしたのにレモンチューハイを籠に入れてしまったとき並に諦めを甘受した手ですね(籠だけに過誤って,やかましいです).

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5. bc dc

 セミオープンになったファイルがdなのかbなのか,これは大差じゃないですか,ヤダー.6. Bb2と渋々フィアンケット組んだりして見るのですが,6. ...Nf6くらいで普通に黒に大きなアドを握られていますし,6. ... Qe7とセオリー通りに素早く動かれるのはゴキブリに素早く動かれるくらい見たくない盤面ですね.

 

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5. ed Nxb4

 5. edに黒はマイナーピースを逃す手として5. ... Nxb4の一手でしょう.

 6. 0-0 Nf6を入れたりして,機を見て7. Nxe5 Nbxd5なんて少し賑やかな盤面になるでしょうか.金駒が中央に集まって行く様から『駅馬車定跡』と呼ばれる定跡が将棋にはあるそうですが,そんな雰囲気すら感じられます.

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駅馬車』gambit: 前図~6. 0-0 Nf6 7. Nxe5 Nbxd5

 5. Bxd5も自然な気がします.というのも,黒がa7-g1ダイアゴナルに拘ってギャンビットに応じないところから始まっているので,こちらもa2-g8のわがままを通してもいいんじゃないかという.応手は勿論5. ... Nxb4からでしょう.これはbポーンを食いちぎりながらビショップに当てた先手になりますので.これに6. Bb3と引いて,さてどうかという感じです.

 

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5. Bxd5 Nxb4 6. Bb3

 やはり6. ... Qe76. ... Nf6と黒に自然な駒組みの権利を与える気がしますが,一応白の主張も通った形にはなっています.

 

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5. Bb5

 これも早朝レモンハイ側の手ですね.主観ですが,今すぐトイレに行きたい時とか,後ろで子供が泣き出した時以外には採用しにくい手だと思います.

 一見5. Bb5はNc6をピンして近藤良さみの良さみ晶子に見えるのですが,5. ... Bxf2+で困りました.6. Kxf2キャスリングの権利を手放しながら渋々取りますが,6. ... deがNf3に当てながら女王の道を切り開くなんとも味の良い手じゃあありませんか.

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5. Bb5 Bxf2+ 6. Kxf2 de

 e1を除いて死んでいるこのナイト,『君死に給うことなかれ』といったところなのですが,7. Ne17. ... Qd4+でルックとキングに二股をかけられ予後不良です.なので7. Bxc6+ bc8. Re1/Bb28. ... efと厳しいですね.

 以上,四つの候補手を見てきましたが,黒から仕掛けた割にどうにもすっきりしない形になります.

 

 長々declinedを取り上げてきましたが,この形の本線は4. b4を堂々取り込むAcceptedです.ページを改めて解説できたらと思いますが,『なぜこの形が流行っているのか』の背後には『以前の形が駄目だったから』という先人たちの試行錯誤が隠れていることが当然ながら往々にしてあるわけで,そこへの理解があるのとないのとでは最新形や流行形への造詣の深さも自ずと変わってくるように感じます.
 では,続きは後ほど……

【終】

 

 

シシリアン・ディフェンス①(シシリアン・ナイドルフ)

 

 今年もよろしくお願い申し上げます.

 今日から数回かけてシシリアン・ディフェンス,そのうちのひとつであるナイドルフ・ヴァリエーションについて説明して行こうと思います.

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Figure.1 Sicilian Defence : 1. e4 c5

 前回のジョッコ・ピアノの記事の最後で『次はエヴァンス~』とか書いたと思うのですが,失念していたわけじゃないんです.これを書こうと思い立った日の私のお昼ご飯を察してくださればと思います.福岡より車を飛ばし1時間ほど,学友の家に遊びに行き,佐賀市は城内のとある喫茶店で頂いたシシリアン・ライスは絶品でした.この調子ですと,エヴァンス・ギャンビットに取り掛かる前に長崎の友人の処に遊びに行きましたら先にターキー・アタックか何かの記事がアップロードされる羽目になりそうですね.

 シシリアン・ライス,もといシシリアン・ディフェンスですが,このラインはとても特徴的で,この勉強をなくして1. e4はこんにち指し得ないと言っても過言ではないでしょう.1. ... e5と返してくる形を前回、前々回と続けて見て参りましたが,これは黒の初手1. ... c5から始まるオープニングです.このムーブの狙いはなんでしょう.e5と比較してみましょうか.

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Fig.1.1 1. ... e5と1. ... c5の比較

 並べてみると面白いことに気が付くでしょう……あ,当たり前ですか……私は改めて並べてみて面白いと思ったのですが……まあ気を取り直しまして,そうなんです.e5もc5もどちらもd4の地点に利きを作ることでセンター支配の布石となし,中央での戦いに備える手なんですね.白番を相手にとられた以上,初手1. e4を防ぐ術は黒にはありませんが,続く2. d4を防いで白ばかりが中央にピースを展開することは防げる,というわけです.d4の地点をコントロールしたいが,e5と突いて相手のオープン・ゲームの研究に乗りたくない……そういう心が指させる手だと言うこともできるでしょう.かといって決して消極的なわけではありません.1. e4 e5のように対称形を崩さなければ黒は拮抗した戦況に喰いついていくことができる,とは前回や前々回お話した通りですが,対称形なんて狙わない,私は"勝ち"を捥ぎ取りに行くんだッ……というかなり強気なオープニングだと見ることもできます.

 違いとしては,cポーンを突いただけではBf8が動けないので,序盤はビショップを如何に使っていくか,そしてその結果として後回しになるキャスリングをどのタイミングで狙っていくかがまず気にしなくてはならないポイントとなりますね.

 今回はシシリアン・ディフェンスを白の2手目によって,

① オープン・シシリアンと亜型

② シシリアン・クローズド

③ その他のヴァリエーション

 と3つに分けて説明して行く中の1回目です.さて何回かかることやら……①だけで5回くらいかかりそうな気がしています……

 

①オープン・シシリアンと亜型

 オープン・シシリアンとは,白が2. Nf3~3. d4を狙っていく形の総称で,この形の黒の2手目としてはNc6, e6, d6などがあります.今すこし天下り的な書き方をしてしまいましたね.白は2. Nf3とした後,黒がこれら3つの選択肢から応じて来るようであれば3. d4と突いてオープン・シシリアンにする,というのが実際のゲームの流れになります.

 まずは2. ... d6 3. d4を見ていきましょう.

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Fig.2.1 Open Sicilian : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4

 2. Nf3~3. d4で白は黒のd4へのコントロールを最速で崩そうとします.この流れの総称がいわばオープン・シシリアンなんですね.黒と違って白はオープン・ゲームと比べても変わったことをしている訳ではないので,自然な手の流れで右側を開けてキャスリングも目指したいところです.Openと呼ばれる所以は次の黒の手にあるでしょう.

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Fig.2.1.1 : Fig.2.1~3. ... cd

 黒は3. ... cdとこれを良しとせず取り込む手がまずありますね.こうして白からポーンのエクスチェンジを仕掛けていくので,確かに『開かれた』印象があるゲームとなります.取らずに3. ... Nf6と跳んでe4を狙う手もあるでしょうが,私は堂々取り込む方が好きですね.理由としては,白が手順にキングサイドのピースを展開し手早くキャスリングを視野に入れながらキングサイドからの攻撃権を主張しようとしているので,黒としては自分のcポーンと相手のdポーンとを交換しながらcファイルを『オープン』にし,クイーンサイドからのカウンターを狙っていく体勢を作っておきたいからです.

 というわけで3. ... cdですが,当然すかさず4. Nxd4が飛んできます.これをモダン・ヴァリエーションと呼ぶようです.

 ここで黒からは4. ... Nf6と出ましょう.理由は先述の通り,e4狙いです.現状では白はこのeポーンが狙われたからといって狙いを外すべくe5と突き辛いので,意義あるスレットです."threat"は『脅し』,程度の意味で,『メイトスレット』などチェスではよく聞くテクニカルタームですね.白は5. f3とfポーンでe4のポーンを応援する手も一考ですが,同じくe4の地点に利きを足すムーブである5. Nc3が圧倒的に多いですね.

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Fig.2.1.2 : Fig.2.1.1~4. Nxd4 Nf6 5. Nc3

  オープン・シシリアンの基本形ともいえる展開です.ここから黒の5手目の選択によって分岐を迎えます.

 

ナイドルフ・ヴァリエーション(5. ... a6)

 5. ... a6とaポーンを突くのが,ミゲル・ナイドルフの名を冠するナイドルフ・ヴァリエーションです.今回はこれをメインに見ていきます.

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Fig.3 Najdorf Variation : Fig.2.1.2~5. ... a6

 カスパロフやフィッシャーといった希代のプレイヤーたちも好んで使ったこの形は,チェスの『キャデラック』などとも呼ばれているようですね.GM(Grand Master)が生み出し象徴的な意義を付与されるほどに研究され親しまれているチェスの『キャデラック』を,同じくGMと略されるGeneral Motors肝煎りの高級車に準えた……というのは深読みでしょうか.

 a6と突きだす手の意図ですが,まず直接的にはb5の地点に利かせることで白のNb5やBb5を予め潰しておくと共に,将来的には自分でb5~Bb7とフィアンケットを組むような手を用意しているんですね.

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c.f. 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5 a6

 参考図ですが,1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5まででルイ・ロペスと呼ばれるオープニングです.似ていますよね,そうです.3. Bb5に変えてBc4ならばこれはイタリアン・ゲームと呼ぶのでした.

 手順にキングサイドのナイトとビショップを展開しながら手早くキャスリングの権利を得る,この一連の手順は最も効率的と呼ばれているという話をしましたが,ビショップの位置の違うこのルイ・ロペスは黒のNc6を透視して直接にキングを睨んだ位置取りです.このように,キングサイドのビショップをb5に展開するこの手は序盤でなかなか価値の高い手なんですね.この手にすかさずa6と突いてBa4かBxc6かを迫らせるという手がルイ・ロペスのヴァリエーションにもありますが,予めこのa6を突いておけばここにビショップが陣を張るのを防げる,というわけです.

 もうひとつ参考図を行きましょう.

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c.f. fianchetto

 さらりと『フィアンケット』と言いましたが,これはビショップの位置取りのことですね.左上や右下のように,ナイトの上にスペースを作ってそこにビショップを配置することで,これを狙ってピースを動かすことを『フィアンケットを組む』というように
言ったりします.なぜこの動作に特別な名前が与えられているかというと,斜めに利くピースであるビショップが最大限に働く位置取りは,といえば,このようにチェスボードの対角線に設置してやることだからです.

 細かく分けるならばナイトの前のポーンを1マス突いて組んだ右下のようなフィアンケットはレギュラー・フィアンケット,2マス突いて組んだ左上のものはロング・フィアンケットと呼びます.左下のように端まで持っていくのは通常のフィアンケットの次に利きの多い位置取りでやはり効果的であり,これをエクステンデッド・フィアンケットと呼ぶこともあります.この辺,将棋でいうところの雁木の三手角や矢倉の四手角のような感じだと思うのですが,如何でしょうか……(小声)

 そして,5. ... a6の深遠な意図は他にあって,それはe5を突く準備だということです.

 では,a6を挟まずにe5を突くとどうなるかを見てみましょう.

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c.f. 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cd 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 e5

 センターにポーンを繰り出しながら両方のビショップを使いやすくして黒は万歳,さらにe5は白のナイトに当たっていて万々歳かと思われますが,ここでもうお分かりの通り,白から6. Bb5+という切り返しがあるんです.

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前図~6. Bb5+!

 防ぐ手は6. ... Nbd7か6. ... Bd7ですが,前者ならば7. Nf5,後者なら7. Bxd7+ Nxbd7の交換を挟んで8. Nf5とやはりcファイルのビショップの利きがなくなった瞬間に白のナイトが絶好の位置に出張ってきます.6. ... Bd7 7. Bxd7+ Qxd7にはおとなしく8. Ne2と手を戻すくらいで,ビショップの働きの差を主張して白が有利でしょう.

 

 話を戻して,ナイドルフ・ヴァリエーションの続きを見ていきましょう.

 5. ... a6と突いて黒は,Bb5+と白がチェックを掛けながら白マスビショップを展開してくる狙いやナイトをbファイルに使ってくるを防ぎながらロング・フィアンケットを企んでいます.フィッシャーには手待ちと称された手ですが,後の先を狙う発想に舌を巻くばかりです.

 白6手目には様々な候補があります.

a. メイン・ライン(6. Bg5)

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Fig.3.1.1 Sicilian, Main Line : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cd 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. Bg5

 6. Bg5でメイン・ラインと呼ばれる分岐に入るのですが,これは最も攻撃的な変化といっても過言ではないでしょう.e5を突こうとする黒に対し,それを突いた瞬間にf6のナイトがピンされてしまうような位置にビショップを張るというこの発想,これぞチェス……!!という感じがして私は好きです.

 ここで黒は6. ... e6とするのがクラシカル・メイン・ラインですね.

 余談的でかつ天下りにはなりますが,6. ... e6とe5ではなく敢えてe6にポーンを出し,d-eでポーン・ファランクスを組むのは1923年オランダはスヘフェニンゲンで開かれたチェスの大会で出現し,そのままスヘフェニンゲン・ヴァリエーションとして名を残すことになったゲーム(もっとも,これは5. ... d6 6. Be2 e6と進みます)の流れを汲んでいるのではないかと思います(では時間軸に沿ってそこからお見せできればよかったのですが,ナイドルフから説明したほうがきょうびでは採用率をとってもこのラインの研究の深さをとっても,とっても説明しやすいのです……).

 Geza Maroczy vs Max Euwe (1923)

 ポーンは将棋の歩と異なり,斜め前に利きを持つので,ポーンを二つ,あるいは三つと横並びにすることは一つ前のランクに隙の無い支配を与えます.この好形は古代メソポタミアの会戦陣形に端を発するファランクスにちなんでポーン・ファランクスと呼ばれているのですね.ちなみにphalanxの語源は指の骨だそうで,もともとは密集陣形で突き出した槍を指に見立てたものなのでしょうが,こうしてチェス・ピースを動かすのも私たちの指の骨であることを考えると,不思議な符合に感慨が湧いてくるというものです……

 ちなみにポーンは斜めに繋げれば,取られて取ってを用意するというのでこれもまた好形とされています.これは鎖の連想からそのままポーン・チェインと呼ばれますね.

 では,6. ... e6に変えて6. ... e5でチェインを作るのはどうなのでしょう.後述するイングリッシュ・アタックに対しては前者のほうが分があると思いますが,それ以外ならば全然面白いと思います.何かを比較するということと一長一短を考えるのはつきもの,この辺りはまた別に書けたらいいなと思います.

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Fig.3.1.2 : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cxd4 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. Bg5 e6 7. f4

 白の7手目はもっぱら7. f4としてe5のマスを睨む手が主流です.0-0-0を用意しながら女王を繰り出す7. Qf3は歴史的な手ですが,7. ... h6とビショップの居場所を問われるのが瑕疵になる,という複雑な形勢ですね.では7. f47. ... h6は入らないのか,というと,これも難しいところがありますが,マスター同士だとどうも白のが勝ちやすいらしく,相掛かりで△2六飛よりも△2八飛の方が実際に勝率が高い,というようなのと似た感じがあります……(か?)

 ここからまた幾つかの小川が流れていきます.

 ・7. ... Be7から

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Fig. 3.1.2.1.1 : Fig.3.1.2~7. ... Be7 8. Qf3

 7. ... Be7で,なんやかんやあって黒が先にキャスリングを用意しました.f8にいたビショップの行き場所はここしかないので極めて自然なムーブですが,Bg5に睨まれている女王の肉壁を作るという役目もこの僧侶は担っています.ジェントルマンですね.ジェントルマン・ビショップです.クイーンがホイットニー・ヒューストンならさしずめケビン・コスナーってところです.このラインを指すときにはみなさんの脳内でエンダー↑↑って流れてしまう呪いをかけておきました.
 話を戻しまして,負けじと白も効率よくキャスリングを目指していきたいところです.ここで,先にfポーンを突きだしておいてからの8. Qf3というわけですね.

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Fig.3.1.2.1.2 Sicilian Najdorf, the Old Main Line : Fig3.1.2.1.1~8. ... Qc7 9. 0-0-0 Nbd7

 ここから8. ... Qc7 9. 0-0-0 Nbd7と進むとオールド・メインと呼ばれるラインになります.この先の進行としては,

 (1) 10. g4 b5 11. Bxf6 Nxf6 12. g5 Nd7 13. f5 Nc5

 (2) 10. Bd3 b5 11. Rhe1 Bb7 12. Qg3 b4 13. Nd5 exd5

など考えられるでしょうか.他にも手順中にトランスポーズして後述の7. ... Nbd7型や7. ... Qc7型に合流する微細な変化は幾らでもありそうです.

 

 変えて8手目黒から,8. ... h6としてビショップを引かせ,これを9. Bh4 g5とさらに小突き回していく変化があります.

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Fig.3.1.2.2 Göteborg(Argentine) Variation : Fig.3.1.2.1.1~8. ... h6 9. Bh4 g5

 1955年,ヨーテボリで開催された大会でアルゼンチンの選手が指したから,ということで,ヨーテボリ・ヴァリエーションアルゼンチン・ヴァリエーションと呼ぶみたいです.ルイ・ロペスのカロ・ヴァリエーションと似た雰囲気がありますね.もっともこちらではビショップを引かずに10. fgを誘っているのですけれど.そこから10. ... Nfd7とfナイトを使ってe5のマスに狙いをつけていきます.

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c.f. Ruy Lopez, Caro Variation : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5 a6 4. Ba4 b5

 ヨーテボリ9. ... g5とせず9. ... Qc7/Nbd7と駒を運んでいく進行もあります.また9. ... Nc6というのは面白いですが,黒でシシリアンを仕掛けている手前としては非常に難しいことを自分に課するのだなあという印象があります.

 

 ・7. ... Qb6から

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Fig.3.1.2.2.1  : Fig.3.1.2~7. ... Qb6

 7. ... Qb6は先んじてBg5の睨みからクイーンを逃がしつつ,そのクイーンでb2のマスを狙う一石二鳥のムーブです.

 8. Nb3と狙われたbポーンを守る手もありますが,敢えてこれを黙認する8. Qd2は面白いですね.これには当然8. ... Qxb2と走ります.

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Fig.3.1.2.2.2 Poisoned pawn variation : Fig.3.1.2.2.1~8. Qd2 Qxb2

 これはポイズンド・ポーン・ヴァリエーションと呼ばれている非常に有名な形ですね.白が敢えて取らせたbポーンこそ『毒された』ポーンというわけで,ここから9. Rb1とすれば9. ... Qa3は必須の進行です.

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Fig.3.1.2.2.3 : Fig.3.1.2.2.1~9. Rb1 Qa3

 この時点で,白は10. f5/g5と鋭く黒に切りかかって行くことができます.また,bポーンを取り込ませそのセミ・オープンとなったbファイルにルークを動かしたことで,メジャーピースが使いやすい配置になりました.ポイズンド・ポーンはフィッシャーとスパスキーの名局があるので,いずれ一緒に見たいと思っております.

 8. Nb3はロング・キャスリングを残して大人しい進行を目指しますが,8. a3と極めて挑戦的な選択肢もあるんじゃないかと思います.

 

 ・7. ... b5

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Fig.3.1.2.3.1 Polugaevsky variation : Fig.3.1.2~7. ... b5

 これは私のとても好きなラインで,ソ連選手権を3度制した偉大な選手であるレフ・ポルガエフスキーの名を冠しポルガエフスキー・ヴァリエーションと呼ばれます.

 あらためてこうして並べてみると,度肝を抜くような選択肢ですね.白のスレットを何もかも無視し,黒はクイーンサイドを伸ばすことに専念する,という超然主義の宣言です.

 対する手としては,2019年現在ならまず8. e5です.寧ろそれ以外見ません.ここから8. ... de 9. fe Qc7は既定路線です.

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Fig.3.1.2.3.2 : Fig.3.1.2.3.1~8. e5 de 9. fe Qc7

 9. ... Qc710 . efとナイトを取りこんで来る手に,10 ... Qe5+とBg5を素抜くのを用意したものです.これでナイトとビショップの痛み分け,ということです.11. Be2/Qe2なら11. ... Qxg5としていきましょう.やっぱり11. Be2が今日はファーストチョイスだと思います.

 

 ・7. ... Nbd7

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Fig.3.1.2.4.1 : Fig.3.1.2~7. ... Nbd7

 レフ・ガットマンとボリス・ゲルファンドが連採していた覚えがあります.ということは両人ともイスラエルの輩出した偉大な選手ですし,これをイスラエル・ヴァリエーションなどと呼んでもいいのでは?とも思うのですが,これも最初に使ったのはポルガエフスキーなんですね.彼は黒番でのシシリアン・クラシカル研究に貢献の大きい魁偉です.この手を最近に甦らせたとしてゲルファンド・システムと呼ぶ向きもあるようですが,数学の土壌で先人へのリスペクトを示すように,ポルガエフスキー・ゲルファンド・システムなんて呼んであげたい気持ちがします.

 

 ・7. ... Qc7

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Fig.3.1.2.5.1 : Fig.3.1.2~7. ... Qc7

 カスパロフの指した手ですね.ここからNbd7やb5を狙っていくので,ポルガエフスキーやゲルファンドの描く青写真にトランスポーズしていくのもままあるでしょう.

 

フェルヴェーテルデ・リスト(6. ... Nbd7)

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Fig.3.1.2.6.1 De Verbeterde List : 1.e4 c5 2.Nf3 d6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nf6 5.Nc3 a6 6. Bg5 Nbd7

  フェルヴェーテルデ・リストオランダ語で,『改善された戦略』というほどの名前ですね.強勢のある『ヴぇ』の長音の後は『る』を殆ど読まないとオランダ語っぽくなります.オランダ人プレイヤーたちがそう呼んだのが定着したようですが,肝は6. ... e6とeポーンを突く手を保留することで,後々にe7-e5のようなセンターへの躍進の余地を残したことです.

 ひとつには7. f4 Qc7 8. Qf3の進行があります.

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Fig.3.1.2.6.2 : Fig.3.1.2.6.1~7. f4 Qc7 8. Qf3

 8. ... h6 9. Bh4 e5というパズルのような一連の手順を見つけ出したのもオランダのプレイヤーだったと思います.Qc7が良く効いていて,ここで先手が取れるんですね.しかしこの9手目e5に代えてg5とさらにテンポを得る指しまわしの方が良いことが後にわかりました.8. ... h6 9. Bh4 g5 10. fg hg 11. Bxg5 Qc5と出て,12. Qe3にはNg4を用意しています.

 もうひとつは穏やかですが耽々とした8. ... b5~Bb7ですね.これはネオ・フェルヴェーテルデ・リストと呼ばれます.これがイケるなら,8. ... h6 9. Bh4 b5と手を戻すのも面白いんじゃないかという気がしてきます.

 7. f47. ... g6とする手があります.ロシア人GMのアレクサンドル・グリシチュークの名を頂いてグリシチュークス・フェルヴェーテルデ・リストというこの形は,7. Qe2でも同様に7. ... g6とします.これはフェルヴェーテルデ・リストのeポーンを突かないという発想の正当な継承者で,eポーンを突く時間があるならばキングサイドでキャスリングを用意し,速攻でb5から手を作って行こうということですね.

 7. Bc4と良い位置にビショップを出ようという手には,ポイズンド・ポーンのように7. ... Qb6と出て揺さぶりに行きます.これは次にe6を突きたいパターンです.

 

 メイン・ラインはこの辺りで一度風呂敷を畳もうかと思います.

 

b. リプニツキ/フィッシャー・ゾーチン・アタック(6. Bc4)

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Fig.3.2.1 Lipnitzky / Fischer-Sozin Attack : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cd 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. Bc4

 これはわかりやすいですね.6. Bc4とビショップが出た位置はイタリアン・ゲームと同じところです.d5を突くのを見せて6. ... e6と出ますが,ここで7. 0-0はもちろんの選択肢,しかし代えて先んじて7. Bb3と引いておく手があるんですね.なので,6. ... e6に代えてここでいきなり6. ... b5と揺さぶってみて7. Bb3 Bb7と手順にフィアンケットを組むなど,色んな拡がりを包摂したラインです.あるいは6. ... g6Nbd7もありますか.これはeポーンを突くのを保留することで,e7-e5の2マス突進の余地を残すフェルヴェーテルデの哲学が垣間見えるようです.

 これは全くの余談ですが,リプニツキーは女性変化させるとリプニツカヤになりますね.姓も性変化するというのは面白いです.

 

c. イングリッシュ/バーン・アタック(6. Be3)

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Fig.3.3.1 English attack : 1. e4 c5 2. Nf3 f6 3. d4 cd 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. Be3

 Byrne attackの名もあるこのライン,d5のマスをコントロールするという狙いに基づいて,6. ... e5 7. Nb3 Be6という流れと,6. ... e6と素直にちょこんと出る手がまず考えられるでしょう.

 6. ... e6に7. g4とナイトの利きに出ていくのはハンガリアン・アタックと呼ばれます.7. ... e5 8. Nf5 g6 9. g5という刺し合いの順が生まれるんですね.この7. g4を指させない,という考えが次に生まれて,これには6. ... Nbd7(フェルヴェーテルデ・リストっぽいですね)と6. ... Ng4という手があります.

 

d. オポチェンスキー・ヴァリエーション(6. Be2)

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Fig.3.4.1 Opovcensky variation : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cxd4 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. Be2

 6. Be2は白から穏和に収めに行く手です.6. ... e5/e6/Nbd7が候補にあるでしょうか.

 

e. アムステルダム・ヴァリエーション(6. f3) 

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Fig.3.5.1 Amsterdam variation : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cxd4 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. f4 

 6. ... e6 7. Be26. ... e5 7. Nf3 Nbd7というのも手堅いですが,Qb6と出る手はクイーンをエクステンデッド・フィアンケットに載せることが出来,これが相手のキングサイド・キャスリングを阻む進出になることに目を向けたいですね.とするとこれはカウンター・アタックになるので,キングサイドの守りを固めるような手,例えば6. ... g6のような手があるのではと思います.6. ... Qc7ならeポーンに紐を付けながらキャスリングを用意する7. Bd3が良いんじゃないでしょうか.

 

f. アダムス・アタック(6. h3)

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Fig.3.6.1 Adams attack : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cxd4 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. h3

 この手は一見するとぼやけた印象を与えますが,黒が6. ... e5と突いてきたときに当たってくるナイトを7. Nde2と引いてきて,8. g4~9. Ng3と言う風に使っていくのを見たいわばエスパータイプの技なんです!g4を突くためのh3なんですね.というわけで黒としてはg4を突かせない為に6. ... h5としたいのですが,エンドゲームでのポーン争いに一抹の不安が残ります.まあ,白のサブウェポンとしてはなかなか優秀ですね.

  

g. ペトロニック・アタック(6. Rg1)

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Fig.3.7.1 Petronic attack : 1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cxd4 4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 a6 6. Rg1

 6. h3よりは柔軟性に欠けますが,これはこれで構想が興味深いラインです.要点はgファイルにルークを据え付けることで,g4-g5の攻撃力がいや増しているということですね.なので,6. ... e5 7. Nb3 Be6 8. g4 h6とhポーンを突いてくれれば9. Be3と用意してよし,そしてこちらが華々しい斬り合いになるのですが,8. g4に8. ... d5 9. ed Nxd5 10. Nxd5 Qxd5という進行があります.

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Fig.3.7.2 : Fig.3.7.1~6. ... e5 7. Nb3 Be6 8. g4 d5 9. ed Nxd5 10. Nxd5 Qxd5

 ここにて女王が向き合いましたね.ここから11. Be3 Nc6 12. Qxd5 Bxd5 13. O-O-O O-O-Oと進むと,これは非常に黒にやりやすい局面だと思います.ドロー上等,なんなら一発入るのでは,という感じですね.Rg1はよほどの研究がないと実戦投入が躊躇われる所以です.

 

  今まで紹介してきた以外にも, 白6手目で6. f3/g3/a3/a4/Bd3/Qf3/Qe2など様々あると思います.今回はナイドルフの変化を浚ってきたのですが,ひとつのヴァリエーションの表層をなぞるだけで1万字を超えるとは正直わたくしも思っておりませんでした…….シシリアン・ドラゴン,シュエフェニンゲン,クラシカルとまだまだ分岐があるので,シシリアン・ディフェンスは何回かに分けて書くことになると思いますが,またお付き合い下さると幸いです.

 

【終】

 

 

 

 

ジョッコ・ピアノ(Giuoco Piano)

 こんばんは,今日は『ジョッコ・ピアノ』についてです.

『ジオッコ・ピアノ』の方が日本語としては一般的な表記でしょうか?しかし向こうの発音はどうもジョッコ・ピアノの方が近い気がするので,私は師や海外の友人たちのようにジョッコ・ピアノを使おうと思います(でもルークは『ルック』のが発音近いのに『ルーク』って言っちゃうんですよね……ご都合主義です!).罪滅ぼしに,今回からタイトルに英語表記を(もとはイタリア語ですが……)付けることにしたのでご寛恕くださいな.

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Figure.1 Italian Game : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4

  ジョッコ・ピアノは先日紹介しましたこのイタリアン・ゲームから流れを継いだラインです.白番3. Bc4の狙いとしてはいろいろありますが,アキレス腱であるf7のマスを狙ったというのが大きい,という話をさせてもらいました.

 ではここで黒番はどのような手を返すべきか,と考えた時に,ひとつ浮かぶのが同じく黒マスビショップを活用して,相手のウィークポイントを狙いながら,自分もキャスリングを目指したいという三位一体のこの手ですね.

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Figure.2 Giuoco Piano : Fig.1~ 3. ... Bc5

 3. Bc4に3. ... Bc5と出て,黒が戦型をジョッコ・ピアノに指定しました.Giuocoはplay,すなわち『遊戯』などに相当するイタリア語で,Giuoco Pianoで『静かなゲーム』というくらいの意味になるわけです.静かな,というのは過激ではない,という程度でしょうか.

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Fig.2.1 白のキングに睨みを利かせるBc5

 3. ... Bc5は次にキャスリングを見せている白に対して,このように狙いをつける手でもあります.イタリアンとルイ・ロペスではビショップの位置が変わるという話をこの前しましたが,cファイルにビショップを使う理由はショート・キャスリングでキングが登壇する位置を予め射程に収めておく,というメリットがあるからなんですね.『ピンされたピースの防御力は架空のものである』という金言が我々の世界にはありますが,こうされてしまうと白はこのままではfポーンを突けなくなります.

 

 対する白4手目としてb4,d3,依然と強気の0-0,そして少し捻ってNc3,d4など浮かぶのですが,今日紹介するのは4. c3と構えるメイン・ラインです.いずれの6分岐も最近でも見る形ですが,a3という形は一昨年くらいを最後に見なくなった感じがありますね.Nxe5やNg5は10年以上前の形でしょうか.

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Figure.3 ; Fig.2~4. c3

 他の分岐ではまたラインの名前が変わります.たとえば,淀川は瀬田川宇治川→淀川と名を替えますが,チェスのオープニング・ラインもまた手によって名前を替え様々な分岐に入って行くのです.いわばジョッコ・ピアノという本流の名がついたままで流れていくラインがこの4. c3ということですね.黒がBc5として来た後の手としてはこのムーブの採用率が最多です.

 c3を突く狙いは何でしょうか.それは序盤で狙っていくべきセオリーに答えを見出すことが出来ます.そうです,次にd4と突いて相手のセンター・コントロールを壊しながら自分に優位を築こうということです.

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Fig.3.1 c.f. c3~d4

 これで相手のe5という拠点を壊す狙いです.d4にはc3, Qd1, Nf3の利きがありますからね.

 では戻ってFig.3ですが,ここで黒はどのようなことを考えるべきでしょうか.

 白の狙いがe5の破壊,ということがわかっているので,ここに守りを足すことでセンター支配の足掛かりを死守する,というのは自然ですね.つまり,

① e5の地点に守りを足す

 ということです.①ということには②があるのでしょうが,他にはどんな策が取れるでしょうか.

 剣道には『肉を斬らせ骨を断つ』という言葉があり,ファイナルファンタジーなどのアビリティで『肉斬骨断』という字面を見たことがある方もいるでしょう.自分もダメージを受けるものの,相手にそれ以上にダメージを与えることが出来るならばそれもまた有利には違いない,という考えは兵法においても重要な思考プロセスですよね.自分がダメージを受けかねない局面で,常にこういった視点から盤面を見ることができれば,レーティングの向上も間違いなし,というものです.

 この局面で言うと,相手,すなわち白陣の弱点はどこでしょう.弱点を探すコツは,相手の他のピースとの連携がうまく取れていないところを突こう,という虎の目です.すると,どうでしょう.

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Fig.3.2 弱点発見……!

 そうです.e4のポーンには紐が付いていないんです.ここを逆に突いてやる,というのも黒の戦略としてひとつ,どうでしょう.

② 白のe4を逆に攻める

 という選択肢も浮上してきましたね.

 

 こうして考えると,①として4. ... d6, Qe7など,②としてNf6など,次の手がどんどん浮かんでくるのではないでしょうか.こうした考え方の一端をお見せすることで,序・中盤のどう指し回したらよいのかわからない,という局面での手の選択の一助になればと思います.

 ①で4手目d6に変わってf6と突いてもe5に紐を付けることには変わりないのでは,と思った方もいらっしゃいますか?いい着眼ですが,白の3. Bc4がどのような理由でここに出て来たのか,或いは自分がどのように考えてBc5と出たのかを思い返してみて下さい.そうです,f7はウィークポイントでした.ここでf6と突いてしまうと,白がBc4として狙っている限りキャスリングが出来なくなってしまいます.

 

 実際にFig.3の局面で黒の選択としては現状Nf6が最多,続いてd6ですが,10対1くらいで今日ではNf6が採用されています.最近,といっても去年までは見ていたものの今年に入ってから目にしていない,という意味ですが,Qe7も歴史ある根強いバリエーションではあると思います.

 ちなみにこうした最新の動向がいっさい考慮されていない日本語版のwikipediaを一読してみたところ,4. c3 Qe7 5. d4 Bb6 6. d5 Nd8 7. a4 a6 8. d6 Qxd6 9. Qxd6 cd 10. Bd5!というものが『主な変化』として紹介されていました……何がとは言いませんし私も知識としてはありましたが,とんでもないラインです.これだけ知っていてもおよそジョッコ・ピアノは指し熟せないでしょう……

 しかし,4. ... Qe7からの分岐を考えるのはこの戦型の理解に役に立つとは思うので,まずこれを示そうかと思います.ここで遅ればせながら目次を置いておきますね.

 さきほど示した①,②で整理すると,こうなります.

 e5の地点に守りを足す:4. ... Qe7/d6

 白のe4を逆に攻める:4. ... Nf6

 では,それぞれを見ていきましょう.

黒4手目Qe7から

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Fig.4 Close variation : Fig.3~ 4. ... Qe7

 黒4手目4. ... Qe7と出るのが,ジョッコ・ピアノのクローズ・バリエーションと呼ばれている形です.この形はトランスポーズして同一の局面に落ち着くことが多いので、今般で恐らくもっともスタンダードな形をまず説明してしまいましょう. 

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Fig.5 : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4 Bc5 4. c3 Qe7 5. d4

  白は満を持して5. d4と突き出していきましょう.これはBc5をBb6と引いてもらうことで黒の白マスビショップのフィアンケットの手を予め潰しておくなど狙いを含んだ手なのですが,黒としても先に取ってポーンを交換する手と,取らずに引く手があります.まあ、取らない手の方が多いですが,まずは取る方から.

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Fig.6.1 Guioco Piano, La Bourdonnais variation

 5. d4 ed 6. cd Bb6とポーン・エクスチェンジをかましてからビショップを引くのがラ・ブルドネ・バリエーションと呼ばれる形です.ラ・ブルドネ・バリエーションはフレンチの1. e4 e6 2.f4というオープニングにも同名がついています.白は第4ランクのセンター支配をものにしているのに対し,黒はクイーンの前がセミ・オープンファイルであり0-0の他に0-0-0も視野に入れて,という感じでしょうか.

 次に取らない形です.

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Fig.6.2 Guioco Piano, Centre-holding variation

 5. d4 Bb6と素直に引くのがセンター・ホールディング・バリエーションです.こちらの方が多いですね.先ほどのwikiのラインはこちらの方でしたが,6. d5よりは0-0を優先に考えていきたいところ,他に考えるとしたら6. Bg5という面白い手があります.

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Fig.7 Giuoco Piano, Mestel variation

 Qe7とeポーンを支えるために出してきたクイーンを咎めるべく,当てて黒マスビショップを飛び出すこの手でメステル・バリエーションという形になります.相手の指し手を負担にしようとする,後の先を取ろうというタクティクスが良く反映された手の流れだと思います.私は好きですが,あまり見ませんね.ここから6. ... Nf6とクイーンを守りながら黒もキャスリングを用意して来て,一興といったところです.
 トランスポーズして同一局面に落ち着くことが多い,と述べましたが,最近Qe7型のテンプレートとしては,5. 0-0 d6と互いに一手入れ合ってから6. d4 Bb6とします.

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Fig.8 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4 Bc5 4. c3 Qe7 5. 0-0 d6 6. d4 Bb6

 ここで7. h3/a4でいよいよ分岐,という感じですね. 

 

 

黒4手目d6から

 

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Fig.9 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4 Bc5 4. c3 d6

  4. ... Qe7よりは4. ... d6の方が最近は見ますね.というよりクローズを見ないんですよね,寂しい限りですが,考えてみたら自分が黒を持ってもやらないですね.

 この形の特徴は,5. d4とやはり突いてくる白に対して,5. ... Bb6と引く手もありますが強気に5. ... edと切り返していくのが主流,というところにあります.

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Fig.10 : Fig.9~ 5. d4 ed

 6. cdと取り返した瞬間に,黒としては6. ... Bb6と引く手の他に6. Bb4+と先にチェックを掛けに行く選択肢が生まれています.

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Fig.11.1 : Fig.10~ 6. cd Bb4+

 7. Nc3/Bd2の応じ方で分れます.7. Nc3 なら7. ... Nf6 8. d5と進みますか.8. 0-0は古い形です.7. Bd2とぶつけると7. ... Bxd2 8. Nbxd2と血を見るのは避けられない感じになりますね. 

 

黒4手目Nf6から

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Fig.12 : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4 Bc5 4. c3 Nf6

 最近はこのカウンター・アタックの形が圧倒的に多いですね.白の5手目で二分されますが,5. d4/d3が同率といったところでしょうか.他には5. b4,0-0,Qe2なんて手もありますか.若干多い5. d4から見ましょう.

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Fig.13 : Fig.12~ 5. d4

 5. d4なら5. ... ed 6. cd Bb4+と先ほどの4. ... d6で見たのと似た局面になります.

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Fig.14 : Fig.13~ 5. d4 ed 6. cd Bb4+

 目には目を,と7. Bd2は先ず考えていきたいですね.これには7. ... Bxd2+と切って来るか,7. ... Nxe4としてきて8. Bxb4か,いずれにせよビショップをひとつずつ盤から取り去ることになるでしょう.面白い手があるので,7. ... Bxd2+から少し追ってみたいです.

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Fig.14.1 : Fig.14~ 7. Bd2 Bxd2+ 8. Nxd2

 ここでNf6を跳ねておいたのを活かし、黒から8. ... Nxe4!と飛び込む手があるんですね.

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Fig.14.2 一見ただの斬り込みですが、、、

 タダ取りされる手に見えますよね.もちろん白は9. Nxe4と取り返しに行くので黒は瞬間的にナイト損になるのですが,続く9. ... d5!までがセットの良い手です.将棋には『三手一組』なんて言い回しがありますが,覚えておいて損のないセンターコントロールの駆け引きの定跡です.

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Fig.14.3 d5でNとBのフォーク!

 クイーンズ・ポーンでビショップとナイトにフォークが掛かりました.さらに,黒は女王のましますdファイルをセミ・オープンにすることに成功します.

 

 代えて7. Nc3は素直な手ですが,ビショップとナイトの交換になったのがどう響いてくるか,その組み立てが白としては焦点となります.同様にナイトでビショップのダイアゴナルを切る少し捻った手に7. Nbd2もあります.互いに同じピースのエクスチェンジを重ね戦線を縮小させていくのは,この戦型を得意としたグレコという選手が活躍したいの,序盤で短手数に相手を討ち取らんとする過激なゲームに比べると『静か』と呼ばれる所以が分かる気がします.

 5. d4Bb6と引く手も当然ながら考えられる手ですが、今年に入ってからは採用されているのが記憶にないです.

 

 代えて5. d3を見ましょう.

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Fig.15 : Fig.13~ 5. d3

 4. Nf6は攻防の仕掛けの権利が入れ替わり得る,剣道でいうところの返し胴のような感じですね.白のeポーンが浮いているのに眼を付けたカウンターアタックの手でした.

 なので当然,黒が狙ってきたe4に5. d3と紐を付ける手があるじゃないですか.それがこの分岐になります.c3~d4と突きたかった白ですので妥協の感はありますが,なかなかどうしてこれが一番安定していて,現在最も多用されているラインです.c3はd4を用意する手であったと共に,これひとつで黒のNc6, Bc5の捌きを抑制しています.なので,黒につけ込む隙を与えず局面を収められればいいんですね.

 応じる黒としては5. ... d6が最多続いてa6,0-0までくらいが本線ですね.h6d5,a5,Qe7くらいは今年も見るので,プレイヤーによって把握が別れているようです.5. ... d6のラインなら6. 0-0/Bb3だが,いずれでも6. ... a6/0-0と返して一局,です. 

 

では,ジョッコ・ピアノはこの辺りでいったん締めたいと思います.次は何にしようか,エヴァンスを書こうかという頭もあるのですが,未定です.

 

【終】

 

 

 

イタリアン・ゲーム

 こんにちは,今日は『イタリアン・ゲーム』について見ていきたいと思います.

 イタリアン・ゲームは15~16世紀に整備された最古のラインのひとつと言われており,現在でも指され続けている形です.

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Figure.1 King's Pawn Game : 1. e4

 初手は1. e4とやってキングズ・ポーン・ゲームと呼ぶのでした.手の狙いはセンター支配への足掛かりとしてポーンを送り出すこと,そしてf1のビショップの活用を図ることですね.ビショップはc1にもあるので,なぜBc1ではなくBf1の活用を優先するのか,というのは後述します.

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Figure.2 Open Game : 1. e4 e5

 対する黒の初手はいろいろ考えられますが,1. ... e5これで戦型はオープン・ゲームに定まりました.チェスの初期配置は線対称なので,ビハインドを背負っている黒としては無理に線対称を崩さなければ戦線拮抗のままにドローへと持ち込めるのではないか,というのは合理的な考えですね.また,ポーンは将棋の歩兵と違って1マス前のピースを取ることが出来ないので,こうして対峙させてしまえば相手のポーンはこれ以上進んでくることができません.5段目まで歩を繰り出す『位取り』という概念が将棋にはありますが,前線を押し込ませない,というのも軍師の大事な考えです.

 ちなみにここで黒から手を替える選択肢としてはc5(シシリアン・ディフェンス),e6(フレンチ・ディフェンス),c6(カロ・カン・ディフェンス),d5(センター・カウンター),g6(ロバッチュ・ディフェンス) ,Nf6(アリョーヒンズ・ディフェンス)などなど,たくさんあると思います.

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Figure.3 King's Knight Opening : 1. e4 e5 2. Nf3

  白2手目は2. Nf3と右からナイトを跳ね出してe5の黒ポーンに圧力を掛けに行きましょう.ナイトというのはポーンを動かさなくとも初形から跳ねることができるという特徴があります.ということは,ポーンの動きを翻弄するのにも非常に役立つということ.このためマイナーピースといえどポーンが多い序盤では非常に力強い切り込み隊長になり得るピースです.

 また,この手はとてもチェスの序盤を考えるうえで大切な示唆を私たちに与えてくれます.それは,『相手の指し手を咎める』つまり,相手が指した手をマイナスにしようとするという考え方です.

 黒は白がe4と進めてきたのでe5とぶつけて様子を見たわけです.この手を指したからこそ,2. Nf3とナイトを跳ねた手がe5のポーンに当たっています.逆説的には,1. ... e5としなければ2. Nf3でポーンに圧力を掛けられることなんて無かったとも言えますね.これが相手の指し手をマイナスにする,という考え方の,とても基本的ですが重要な表出のひとつです

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Figure.4 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6

  応じる黒2手目は2. ... Nc6これは白と同じくナイトを活用しながら,Nf3に睨まれているe5のポーンを応援する一手です.どういうことかと言いますと,1. ... e5 2. Nf3で何もしないと黒は次に3. Nxe5とeポーンを抜かれて非常にキングの前の風通しがよく心許ない状態になってしまいます.しかし,2. Nf3にNc6としてe5に紐を付けることで,白が何が何でも3. Nxe5としてきたら3. ... Nxe5とこれを取り返すことができるわけですね.ポーンとナイトの交換はとても分が悪いので,白としてはこれを敢えてやることもないだろう,というのは自然に思われます.さきほど,『相手の手を咎める』という考え方を紹介しましたが,この『相手の狙いを封殺する』,というのも互いに1回ずつしか動かせないこのボードゲームではとても大事な考え方になります.

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Figure.5 Italian Game : Figure.4 ~ 3. Bc4

 ここで白が3. Bc4と動かしたこの局面までが,イタリアン・ゲームと呼ばれている流れです.こうしてみると,チェスのオープニングの名称というのは出世魚のようなところがありますね.同じ魚でも体長によってツバス→ハマチ→メジロ→ブリと名前が変わる,あれに似ていると思うのは私だけでしょうか?

 さて,なぜBc1ではなくBf1の活用を優先するのか,という答えのひとつをここで提示することができます.f1,g1が空いたことで,白番は次にキャスリングをする権利を掌中に収めることができました.いわば掃除をしながら布団を敷いたようなもので,これでいつでも暖かいお布団にもぐり込むことができますよ,というわけです.実際,ここまでの駒活用に無理なところが無く,なおかつ最速でキャスリングを可能とするこの手の流れはチェスの序盤の中でも『最も効率的』であると言われています.

 

 ところで,Bf1をどけるなら他にもオプションがあると思いませんか.到達可能なマスはa6,b5,c4,d3,e2とあり,そのどれでもキャスリングの権利は手にすることができます.ということは、比較検討の材料はビショップの活躍が見込めるか,あるいはセンターコントロールにどの程度このビショップを参加させることができるか,ということになります.

 一番価値の低いムーブはなんでしょう?

 それはもちろん,Ba6ですね.次にbxa6と取り込まれてしまってこれはまずいです。

 次に指したくないのは,私はBd3ですね.なぜならば,e4のポーンがe5と鍔競り合いをしている現状では,ビショップは斜めすべてに利きがある(この利きのことをダイアゴナル,と言います)ピースなのに,半分しか活かせていないことになるからです.同じ理由で,ビショップを自分から見て1段目(バックランク,と呼びます)に置くのは特段の理由が無い限りは避けるべきでしょう.

 自分がいるのと同色のマスを支配するポーンに囲まれているビショップというのはそのままでマイナスポイントとなるわけではないのですが,ポーン・ブレイクが上手くいかないとそのまま作戦負けになりやすいポジションではあります.

 Be2はどうでしょう.利きを増やしてやることがマイナーピースであるビショップの活用を図るということなら,b5やc4にはやや劣ります.また,クイーンと利きを重ねる手は一概に悪いという訳ではないのですが(こういうのをバッテリーと呼びます),せっかく空けた女王の道をみすみす潰してしまうというのも気にかかります.

 とすると,ビショップのアルバイト先としてはb5かc4か,というところになります.

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Figure.5.1 Bishopを何処に持って行こうかしら

 

 結論から述べると,どちらもありだと思います.実際に,どちらのオープニングも今日で頻発するラインです.

 Bb5と出た局面はルイ・ロペスと呼ばれるオープニングですね.1. e4 e5 2. Nf3 Nc6の後の3手目としては現状最多で,続くBc4の2倍程度の採用率を誇っています.このラインについては,項をあらためて説明しますので悪しからず…….

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Figure.5.2 Ruy Lopez : (Figure.4 ~ 3. Bb5)

 本筋に戻りましょう.3手目に3. Bc4と出て,白から戦型をイタリアン・ゲームに定めたところです.ここでBc4と出た手の狙いについて,私と少し考えてみませんか.

 Bc4と出たビショップが狙う先,それは敵陣のアキレス腱であるf7のマスに他なりません.

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Figure.5.3 f7はどうしてウィークポイントなのか

  なぜf7は弱点なのでしょうか.上図5.3をご覧ください.わかりやすく,白のピースはBc4だけにしてみました.

 たとえば,白丸で示したf7のマスにポーンやクイーンがあったらどうでしょう.……そうです,これはチェックメイトですね.Bc4がf7に虎視眈々と睨みを利かせているので,取ることができないからです.ちなみに,なぜ斜めに利きのあるピースなら何でもメイトになるんだから,と私がビショップを挙げなかったことを疑問に思った方はいらっしゃいますか?これは簡単な種明かしですが,チェス・プレイヤーとしては呼吸をする如く頭に置いておかねばならない鉄の掟です.則ち,同じ色のマスを同じ色のビショップが踏むことはない,というものですね.

 白丸のマスにあるピースがナイトだったなら?これはQd8とRh8という相手のメジャーピースに両取りを掛ける手になり,やはりBc4の援護があるので黒はこれを取り除くことができませんね.このように,f7はチェスピースの初期配置という構造上の,いわば初期不良なのです.まあ,忘れてはいけないのは,この欠陥は自陣にもあるということです.いつだって,他人の瑕疵を見つけたら自省をしなくてはならないのですね.

 

 ここまでがイタリアン・ゲームと呼ばれる流れです.

 ここからは3. ... Bc5と出てジョッコ・ピアノにするか,3. ... Nf6と出てトゥー・ナイツ・ディフェンスにするか,或いは他の手を選ぶか,その選択は黒に委ねられた……というところで一端の締めにしようかと思います.

 

【終】

オープニング総論

 

 ここでは, チェスにおけるオープニングのセオリーについて説明していきたいと思います.

 このページを総論として, 詳細なラインの説明は個々のページが出来次第リンクを貼って行くつもりです(まだリンクがついてないものはbe under constructionなのだと察してください……).

 

 チェスとは

 これを説明しないと始まりませんね.

 たとえば, 私がいきなり「今日はトーテ・オーマについて話しましょう」と言って登場したとして, トーテ・オーマが何だかわからない人にとってはその説明があるまでは頭の中ははてなでいっぱいのことでしょう. なのに一切の説明もなくディスカッションに入ると言われては困ったことになります.

 ちなみにトーテ・オーマとはチューリンゲンの郷土料理でソーセージを使ったディッシュです. 意味は『死んだおばあちゃん』. どこにもぶっ飛んだセンスの方っているんですね.

 それは置いといて......

 簡単にチェスについてを, オープニングのセオリーを説明する上で必要だと思うところだけこの項目で書いていきます. ピース(駒)の動きとかはやりません. 気が向いたらやるかもしれません.

 

 チェス(Chess)とは, 要は囲碁や将棋などを含むマインドスポーツの一種です. ベンジャミン・フランクリンは,

 Life is a kind of Chess, with struggle, competition, good and ill events.

と言ったそうです. 私のブログタイトルは実はここから来ているのでした.

 日本語では『西洋将棋』とも呼ばれていますね. 既存のものと比較することは新規なものの説明にとっても楽なので, この単語に便乗して説明することにしましょう.

 将棋との違いは大きく三つ,

   盤とボードの違い

   駒とピースの違い

   ルールの違い

でしょうか. マイナーなものを合わせればいっぱいありますが, それは適宜補っていきます.

 についてですが, 将棋で用いる盤は縦横9マスの計81マスですね. ここから81歳のことを『盤壽』と呼んだりするらしいじゃないですか. 縦のことを『段』, 横のことを『筋』といい, 右上(1一)から左下(9九)まで, 縦と横の座標を合わせてその位置を指します.

 対して, チェスで用いる盤のことをChess Boardからボードと呼びますが, これは8×8の64マスです. さらに違いとして,白黒など2色に塗り分けられたチェッカー模様をしているというのがあります.

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Figure.1 Chess Board

 

 こうですね.

 必ず左下(a1)が黒になるように置きます. 縦を『ランク』, 横を『ファイル』と呼び, a1~h8までこれらを組み合わせて位置を示します.

 についてですが, これは簡単に行きます. 

 将棋で用いられるのは駒ですが, チェスではこれに相当するのをピースと呼びます. ピースは白黒たがいに6種類(キング, クイーン, ルーク, ナイト, ビショップ, ポーン)で, ポーンが8つ, キングとクイーンが1つずつ, あとは2つずつの計16個のピースを巡って駆使して闘うわけです. 初期配置は下の様になります.

 

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Figure.2 Start Position

 最後, についてです.

 取った敵の駒が使える将棋と違い, チェスでは取ったピースが使えないというのは大きいでしょうね. 相手のピースは自分と色の異なるピースですので, 必然的に使えない. この点, やはり升田幸三先生の慧眼は正しく, 将棋の方が人道的なゲームなのかもしれません.

 次いで, 『囲い』という概念が無い代わりにキングを戦闘地帯から遠ざける『キャスリング』という特殊な動きがあります.

 

 あとはぼちぼちチェスというゲームが将棋のマイナーチェンジでなく, 確固とした別のゲーム性を確立している由縁たる違いをいくつか書いてこの項を締めます.

 Figure.2を見れば瞭然のことですが, このゲーム, 初形が点対称ではなく線対称なんですね. また, 囲碁や将棋と違って,オセロと同じ升目を用いるチェスは手数という観点から言えば最初に挙げたふたつのゲームよりも規模の小さいものだと言えます. 面白いデータがhttps://blog.ebemunk.com/a-visual-look-at-2-million-chess-games/というサイトにあるのですが, 最頻値は30~40手の所にあるので, 将棋の半分くらいの体感でしょうか. そうそう, 忘れてはならないことに, 将棋は先手が指し1手, 後手が指し2手目……と進んで行きますが, チェスは白と黒とが互いに1ムーブさせて初めて1手と数えます. するとそんなに大差ない気もしてきましたね......

 こうした違いが最も顕著に出るのチェスの特異性のひとつに, 先手と後手の狙いが異なるというものがあると思います. どういうことかと言いますと, 先ほどのサイトのデータをまたしても借用しますが, 勝率の話をすると白(先手)勝利が85万回で38.8%, 黒(後手)勝利が65万回で29.8%, そしてドロー(引き分け)は69万回で31.4%と後手勝利よりも高いんですね. これはレーティングにして上は2861から下は215までと雑多なデータセットなのでこうなったのでしょうが, マスター同士など実力伯仲でやればこの限りではありません. つまり, チェスというのは後手番が非常に勝ちにくいゲームということなのです. 白を引けば勝ちに行くのが第一の目的となりますが, 黒を引いたなら『ドローに持ち込もう, あわよくば勝って盛大に煽り散らしてやろう』と, こういうことになります. ドローの条件はいくつかありますがここでは深入りしません.

 

 オープニングとは

 オープニング(Opening)とは,簡単に言えば,序盤の10手~20手くらいの決められた流れのことです. ゲームがコンパクトで, また取ったピースが使えないチェスにおいては, 早い段階で有利な駒組みを目指したいのが人情というもの……! というわけで先人たちの深い思考の下に洗練されてきた動かし方というのをオープニングと, そう呼ぶわけです.

 ここで再掲するFigure.2を見てみましょう.

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Reiterating Figure.2

  d1のクイーンは初手で動かすことができませんね. これはルークやビショップ, キングについても同じことです. こうした大きな能力を秘めたピースが動かしやすいように, 

 ★ ピースの展開

というのは序盤の目的のひとつになってきます。

 他には、

 ★ キングの安全確保……キャスリングを視野に, 戦いは自分のキングから離れ, かつ少しでも相手のキングに近いところで起こしたいじゃないですか.

 ★ センター・コントロール……中央に堅固な砦を築かれたら破って敵陣に侵入するのは至難の業です.

 ★ ピース同士の連結……あるピースが取られても取り返せる体勢を作っておくのは大事なことです. 自分が損をするなら相手にも相応の代価を払わせねばなりません.

 こういったことを目的に序盤はピースを展開していくわけです.

 次項から少し具体的なパターンを見ていきましょう.

 

 オープニングのパターン① オープン・ゲーム

 

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Figure.3 King's Pawn Game

 センター支配をしたい, そして他のピースの通り道を開けたいと思った私(白小夜)が初手に1. e4と突くのは非常に自然な発想だと思いませんか? 実際, チェスの初手で最も多いのはこの手ですね. 伝説のチェス・プレイヤーであるボビー・フィッシャーも「初手はe4が最善」と言ってますからね!

 e2にあったポーンはキングの前にあるので特にキングズ・ポーンと呼ばれます. これを初手に突くから, 1. e4で始まるゲームは『キングズ・ポーン・ゲーム』の名があります. 初手d4ならクイーンズ・ポーン・ゲームになるということです. 簡単ですね. これでもうチェスの50%ほどがわかりましたよ!

 黒番の受け方としてはどうでしょう. ここで考えたいのは, 黒としてはドロー上等だということです. ということは, 初期配置が線対称なのだから, 線対称を崩さないでいれば引き分けに持ち込めるのでは……というなんとも狡猾なことを黒小夜が考えてもおかしくないですよね. うーん, なんとも狡猾.

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Figure.4 Open Game

 1. e4 e5と動かしたこの局面をもって, 『オープン・ゲーム』と呼びます.

 オープン・ゲームで始まるラインとしては,

  ・イタリアンゲーム

   ・エヴァンス・ギャンビット

   ・ジオッコ・ピアノ

   ・ジオッコ・ピアニッシモ

   ・ツー・ナイツ・ディフェンス

   ・ハンガリアン・ディフェンス

   ・パリ・ディフェンス

  ・それ以外

   ・ルイ・ロペス

   ・センター・ゲーム

   ・キングズ・ギャンビット

   ・フィリドール・ディフェンス

   ・スコッチ・ゲーム

 などがありますね. 個別の解説記事は書いたらリンクを貼って行きます.

 

 オープニングのパターン② セミ・オープン・ゲーム

  別に対称形を作るというのはルールでもなんでもないので, 黒は1手目をe5から変えても良い訳です. 1. e4とキングズ・ポーンを突き出す手に対して黒番がe5以外で答えるラインは『セミ・オープン・ゲーム』と呼ばれます. やはり線対称が崩れてしまうので, 早々に玄人好みの展開になりやすい, というところでしょうか. 1. e4に対して多い順にc5, e5, e6, c6, d6……と, こんな感じですね. そうです, 純粋なオープン・ゲーム(1. e4 e5)よりも1. e4 c5という始まりの方が多いんですね. 

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Figure.5 Sicilian Defense (1. e4 c5)

 これはセミ・オープンの代表, シシリアン・ディフェンスです. こんな風にしょっぱなから対称形を崩して黒は技巧的な試合運びを目指します.

 セミ・オープン・ゲームとしては,

 ・シシリアン・ディフェンス

 ・フレンチ・ディフェンス

 ・カロ・カン・ディフェンス

 ・センター・カウンター

 などがあります.

 

 オープニングのパターン③ クローズド・ゲーム

 中央支配と他のピースの展開を目論む白小夜が先ほどは1. e4とキングズ・ポーンを突き出しましたが, 横8マスの中央というとeファイルの他にdファイルもありますよね. これを元気よく初手で突いていくのが, クイーンズ・ポーン・ゲームです. 初手としては1. e4の次に多い手になります.

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Figure.6 Queen's Pawn Game

 クイーンというのは攻守において最強のピースなので, 女王の寵愛を一手に受けるdポーンというのは非常に堅いわけです. これを起点に, さらに他のピースと連結させていくことでセンターに強固な砦を築きたい……そうした戦略による初手と言えます. 

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Figure.7 Closed Game

 黒小夜としてもこれを看過するわけにはいかないじゃないですか. そうして互いにdポーンを突き合い対称形を崩さないこの形をダブル・クイーンズ・ポーン・ゲームまたはクローズド・ゲームといいます. クローズドは互いにdポーンの主導権を握ろうとする駆け引きが見物になりますね. またピース同士の連結を巡る戦いになるので, オープン・ゲームと比べると盤面にピースが残って, 派手な斬り合いというよりかは鍔迫り合いのような印象になります.

 クローズド・ゲームのラインとしては,

 ・クイーンズ・ギャンビット

 ・メイソン・バリエーション

 ・チゴリン・バリエーション

 ・シンメトリカル・ディフェンス

 ・スラヴ・ディフェンス

 などなど, たくさんあります.

 

 オープニングのパターン④ 1. d4にd5以外

 最多の選択肢として1. ... Nf6から始まるインディアンシステムがあります.

 ・インディアンシステム

  ・モダン・ベノニ

  ・ベンコー・ギャンビット

  ・ブラック・ナイト・タンゴ

  ・ブタペスト・ディフェンス

 ・それ以外

  ・オールド・ベノニ

  ・ダッチ・ディフェンス

 などなど. 

 

 オープニングのパターン⑤ フランク・オープニング

 初手をdやeポーンではないところから始めるオープニングですね. 主流とは言い難いですが, 巧者の支配運びはとてもトリッキーで面白いものが多い反面, 自分でやってみると非常に指し難いところがあります.

 ・レティ・オープニング

 ・ラーセン・オープニング

 ・ソコルスキー・オープニング

 ・ダンスト・オープニング

 ・アンデルセン・オープニング

 ・サラゴッサ・オープニング

 などなど, これもぜひぜひいつか紹介してみたいラインがたくさんありますね. 知らないでいきなり目にすると実戦ではどうしても泡を食います.

 

 このページの小見出しすべてにリンクが貼られ, 個別のページが用意される……そんな日が果たして来るのでしょうか. 頑張ってみるので, どうか生暖かく見守ってください. 

 

はじめに

 

 初めまして、小夜と申します。

 日本の友人は私を「さよ」、中国の友人は"xiao ye"などと呼びます。

 チェスを広めたい、というのは大袈裟ですが、

  ① 私の知識を整理する

ことで、

  ② 私が教えて貰ったように、誰かのチェスのimproveになる

ようなことがあればいいなと思って記事を書くことにしました。

 

 2、3年前のことだと思いますが、オープニング理論の説明などがなかなかわかりやすいと評判のチェス・ブログがこの『はてなブログ』にありました。私のチェスの師が書いていたのですが、序盤だけでなくチェス・プロブレムや統計、はたまたコンピュータの基礎理論からチェスをモチーフとした創作にいたるまで幅広く手掛けていたものの、突然に閉鎖してしまったものです。先行のそういったものに敵うかはわかりませんが、私らしく気ままに綴って行けたらと思います。